言葉の怖さ

 

ジョージ・オーウェルは、大好きな作家である。

小説も、ノンフィクションも一級だ。

評論も書いているらしい。

そのなかで「とても残忍なことでも、言葉の選び方により、そうとられない書き方がある」という主旨の評論があるらしい。

森友をはじめ、公的文書のとり扱いが問題になっている。

連日のように、野党は共同で、財務省理財局にヒアリングを行なっている。

そして、その様子は公開され、ぼくたちはYou tubeでそれを見ることができる。

なにげに見ていると、役人答弁というのかねぇ、質問と答弁がどうも、かみあわない。平行線をたどっている印象だ。

「役人答弁というのは閉じた言語空間に中にあり、しかも、その体系は完成度の高いものである」などと書くと、なにやら、むつかしいけれど、要は、

野党の申し入れをたぶん断っているんだろうけれど、そうは受け取れもしないような、よく分からないような言葉なんですねぇ。

で、このような映像をYouTubeで、みられるおかげで、もうひとつ、おもうことがある。

それは、「財務省って日本の中枢なんだなぁ。その答弁は、ある意味、盤石だわ」と認識させられる反面、それが対象化できてしまうという点だ。

見れないために、お化けみたいで、妄想がふくらみ、じっさいより大きく見えてしまうこともあるわけで。

そうすると、なにやら、あら捜ししてしまうんだなぁ。

気づいたことを、お気軽に。
公開まで、やや時間がかかりまーす!