翻訳された書籍をよく読む。ほぼ英語から日本語に訳された本だ。原文は読めないか、読むことができてもエラく時間を要する。なので翻訳は、ほんとに助かります。翻訳者よ、ありがとう、

って、あれ、終わっちゃったなぁ。まだ、書きたいことがあります。

それは、翻訳されていても、原文を読みたい気持ちが残る書籍がある、ということだ。

ひとつは、日本語を読んでいて「これ、ちゃんと訳されているのかな」といった不信感をもつケース。ただし、いちいち原本をあたる時間も根気もないので、さすがに、その場かぎりである。

ふたつめ。こちらは大切におもえる本だ。個人的には、いくつかの小説だ。

それは、たとえばフィッツジェラルドの「グレイト・ギャツビー」であり、たとえばウィリアム・ゴールデンの「蝿の王」であり、たとえばカズオ・イシグロの「日の名残り」である。

すべて信頼できる名訳になっているけれど、なんていうんだろ、原文で読んでいないという不安感というか、あせりのような気持ちがあるんだ。うまくいえないけれどネ。