95年が分岐点のような

人生と書くと、なんか重々しい。

ジンセイとカタカナで書いてみると、ちょっとは軽くなる。

で、ジンセイをザックリ半分に分けてみる。前半は安定していて、後半は流動化している。

その分岐点は1995年だと思っている。

その年は、オウム事件が起きて、神戸は大きな事件に見舞われた。

Windows95が発売され、explore(ブラウザー)が無料でバンドルされていた。

パソコンはほとんどWindowsだったので、インターネットの利用が急速に広まっていった。

2001年には、ニューヨークの世界貿易センターに旅客機が突っ込み、2008年にはリーマンショック、2011年には日本で東日本大震災が起きた。

そして現在はコロナ禍、である。

95年以降から四半世紀、ぼくらは違う基軸を求め、さまよっている。

逆に言えば、95年より前の価値基準では、なかなか解決されないだろう。

スティーブン・ピンカーの著作を読み、個人的には、啓蒙主義が有効だと思っているけれど…

じゃ、啓蒙主義って何なんだ、突っ込まないでね。

うまく説明できません。興味があったら、「21世紀の啓蒙」とか「暴力の人類史」を読んでみてね〜

「21世紀の啓蒙(下)」

 

きのう、ピンカーについて書いた。

西欧の、啓蒙主義や進化論が自明になっている点には賛成しない、

と言っても、啓蒙主義的なことには賛成である。

「21世紀の啓蒙(下)」では、予測の研究結果について触れている(P260〜)。

「(予想の)実験の成績が悪かったのは、何かしら思想信条に固執し、それを自身に結びつけている人だった」という。

ちなみに、その結果は、チンパンジーのダーツの的当てより低い確率だったそうだ。

一方、確率の良かったのは以下のようなプロファイルとなっている。

「これらのグループは現実的な専門家で、数多くの分析ツールを使い、しかも取り組む課題に応じて使い分けた。彼らはできるだけ多くの情報源からできるだけ多くの情報を集めた。そして考えるときには「しかし」「でも」「とはいえ」「その一方」といった転換語を使って頻繁に頭を切り替える。また確実性についてではなく、可能性や確率について語る。誰でも「私が間違っていました」とはいいたくないものだが、彼らは他のグループより素直に間違いを認め、考えを変えた」(P263〜264)

ピンカー

スティーブン・ピンカーは、どのくらい読まれているだろう。

というのは、「暴力の人類史」といい、さいきん翻訳・出版された「21世紀の啓蒙」といい、ページがブ厚い。

ピンカーは、暴力死も貧困も減少していて、なんやかんや言っても、世界は良くなっていることをグラフ参照のもと示している。

人類は啓蒙主義のおかげで進歩している。進歩により貧困は減少している。格差は広がっても、肝心なのは貧困の減少である、と、まぁ、そんなかんじ。

ちなみに啓蒙というのは、まず(ガリレオやケプラーといった)科学革命があり、反証の可能性など、科学の特徴を(アダム・スミスといった)社会や経済のアイデアにも取り入れていく感じらしいよ。

「21世紀の啓蒙」には、いくつかの違和感がある。

そのひとつは、格差、そして幸福感まで定量化が試みられている点だ。

格差や幸福感というのは、一人ひとりの、その時々の気持でしょう。

データセットを集めグラフで示されても、個人の格差感や幸福感とは位相がちがう。

それらは主観的なもので、データと、個人の「おれ幸せだなぁ」「いま辛いわ」感は、まったく別物だよね。

啓蒙主義が普遍的なものとして言いたげな所にも、違和感がある。

ヨーロッパで生まれ育った啓蒙主義は、日本には明治になって、福沢諭吉らによって輸入された。

それには違和感が伴った。

漱石は小説の中で、その違和感を繰り返し描いてみせた。

小説を読む時間がなかったら、どうぞ「私の個人主義」という講演集を読んでくださいませ。漱石の考え方、感じ方が濃縮されているから。

ま、進歩についてですけれど、

ピンカー的なものより、オレ、吉本隆明の、アジア的なものを、どう進歩させるかといった「アジア的段階」の方が、しっくり行くんだなぁ。