クラウドソーシング2

さくじつクラウドソーシングの問題点について触れた。

仕事を提示する側と、仕事を落札する側に非対称性が生じる点だ(提示する方が得る利益が大きい)。

もうひとつ、問題点を感じている。

それは、付き合いが落札期間終了にて、終わってしまう点だ。匿名でのやり取りで、もちろん、実際に会うこともない。

要は、そこには交際がないわけよ。

「福翁自伝」は印象に残った本である。

福沢諭吉は、国に頼らない独立自尊の人、だとおもう。

福沢に限らず、独立系の人は、価値をたくさん作り、それをお金と交換して生計を立てている。

もっと正確に言えば、価値を作っただけでは「自分止まり」なわけで、交際がとても大切になってくると、まぁ、そう思うわけネ。

「福翁伝説」②

福沢諭吉の著作は、当時、そうとう読まれたらしい。けれど、その影響を知る術を知らない。

司馬遼太郎は、漱石の「吾輩は猫である」は「福翁自伝」の文体の影響を受けている、という推測を立てている。

時系列には、「福翁」→「猫」となっている。しかし残念ながら「福翁自伝」は現代語版で読んでいるので、それについて、なんとも言えない。

「学問のすすめ」では、その改題にて、本書はアメリカの何とかという著作の、福沢による翻訳がかなり取り入れられているという説明がある。

「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」(だっけ?)は、有名なフレーズだ。

「福翁自伝」を読んでみると、これは、翻訳からではなく、福沢自体の信念から出た言葉である。

福沢は「数理であること」、そして(人の上に人を作らず的な)「自立すること」の大眼目を自身で、ちゃんと語ってらっしゃる。

もうひとつ「福翁自伝」について言えば、本書は、江戸末期から明治にかけての、福沢自身の体験に基づく、いわば歴史書になっている。

渋沢栄一の「論語講義」は、タイトルどおり、渋沢による論語の解説だけれど、「福翁」と同様、たとえば西郷隆盛に会ったエピソードなど、当時の感じが伝わる良書ともなっている。

歴史を描いたものと言うと、数量的なデータから導かれた書籍や、司馬さんのように大量の資料に当たり書いた書籍まで、様々である。

ただ、これはデータや、書く人の主観が媒介しているわけで。やはり、歴史上の人の言葉と直接向き合うのが好みだね、オレは。

ちなみに福沢諭吉の肖像は、一万円札に印刷されているし、渋沢栄一は次の一万円札の顔になる。あっ、夏目漱石は千円札だわ。

個人的な、歴史上の好きな人と重なっているんだなぁ…

米軍艦ポータハンと臨海丸

臨海丸(りんかいまる)、

という言葉くらいは聞いたことがあるだろう。

臨海丸には勝海舟と、当時、無名だった福沢諭吉が乗り合わせていた。

福沢諭吉は、後年「痩我慢の説」を書いている。当初、この文章は公開される予定ではなかった。

「痩我慢」にはタイトル通り、痩我慢の視点から西郷隆盛を褒め、一方の、江戸城受け渡し側の勝海舟は批判されているようだ。

(たぶん日米和親条約だと思うけれど)条約を批准するために、日本からアメリカへ特使が派遣された。

特使はアメリカの軍艦に乗っていったのだが、そのほか、日本の軍艦も後を追っている。

後者の日本側の木製の軍艦が、勝と福沢らを乗せた臨海丸である。

アメリカの軍艦には、目付として、小栗上野介(こうづのすけ)が乗船していた。

彼らの帰国後、勝海舟は神戸に私立の海軍塾を創設し、その塾長であった坂本龍馬は、のちに長崎に海援隊を作った。

一方、(現在の財務大臣のような)勘定奉行であった小栗は、幕末政府の内部留保もないまま、そうとう無理をして横須賀ドックを作った。

以上、つらつら書いてみて思うことは、条約批准のためのアメリカ渡航というイベントは、水面に落ちた一滴のように、次第に円を描き広がっていったような、ま、そんな感じ。