トレードオフという言葉がある。

たとえば23区内通勤でも郊外で暮せば、そのぶん、マンションのローンなり、家賃が安くなる。

そのかわり交通費は増えるし、なにより通勤時間がかかってしまう。お金だけでなく、時間や労力を要するので、ローンや家賃の安さは、けっきょくトレードオフされている。

ネット化は、さらに進んでいる。

ネットをうまく使えば、生活や仕事もスマートになるとおもう。けれど、むかしながらの暮らしぶりや仕事の方法をかえたがらない人もいる。これがまた、カタクナなんだなぁ。石のように動かない。

コミュニケーションも、あるていどトレードオフされているとおもうけれど、石のように動かない人とやりとりをしていると、なんていうんだろう、これはちょっと…というのが正直な気持ちである。

で、かんがえた。そもそもトレードオフというのは真実だろうか?

トレードオフというのは、おなじ土俵のうえで成り立っているのであって、ちがう相のあいだいでは成立しないのではないか。

技術的ブレイクスルーがあり、生産性が1000倍になったとする。たとえばね。そのとき、いままでトレードオフの関係にあったものは従来のように有効なのかしらん。