お金が合理性を促す

新聞というものは、被疑者の段階で、事件の大見出しをつける。

それを見た読者は、被疑者を犯罪者とおもってしまう。

そもそも公務員には業務の秘守義務が課せられている。

検察といえども、マスコミに捜査情報をリークするのは法律に触れている。

検察の誤りで起訴された元厚生省の村木さんは、その点を裁判で争ったけれど、(リークした証拠がないため)証拠不十分で却下されてる。

いわゆる「ライブドア事件」の報道は、とても加熱していた。本人への事情徴収だけで、新聞の一面に見出しは踊った。

それは、「お金で買えないものはない」というホリエ氏のコトバの流布も遠因だったかもしれない。

個人的にホリエモンの本はけっこう読んでいて。それらしき文に触れると、そこだけ切り取られ、独り歩きしているようにおもう。

げんざい「会社の値段」(森生明)を読んでいる。

ホリエモンの「お金で買えないものはない」について、いままでうまく言えなかったことが、本書ではとてもうまく解説されている。引用させていただこう。

「(お金を尺度にすることによって)不合理さが数値で表現され、フェアな競争のベースができるようになります。差別のある世界は、それがない世界(お金を尺度にしない世界)より無駄が多くなったり理不尽なことがまかり通ったりします。ものに値段をつけて売り買いの実態を明らかにすることにより、その不合理な現実が他人の目にもはっきり見えるようになる、不当なことがやりにくくなる、その効果が重要なのです。時間がたつにつれ、差別のない社会のほうがより活力のある魅力的な社会を生み出す、それは経済成長率や国内総生産(GDP)のような金額と数字で客観的に比べ得られるとうになる、それがフェアなやり方だという堀江社長のご意見はもっともだと思います」(P29)

司馬遼太郎さんによると、江戸時代の合理性は商品経済により促されたそうである。類似している視点だよね。