紙あるいはデジタルの書籍

Amazonの書籍レビューの評価を示す星印があるでしょう。

じつは、あれ、レビュー(コメント)数と一致していない。

その点、Amazonに尋ねてみた。

星の数は(紙の)書籍だけでなく、電子書籍、それにオーディオブックまで含まれる。翻訳書の場合は、原書まで星印の数に含まれるそうである。

話題休閑。

ダライ・ラマの書籍で星の数が一番多いのが「よろこびの書」で、次いで「こころの育て方」である。

内容に少しでも近づきたいと思い、後者は原書でも読んでいる。

前者の「よろこびの書」は現在、読んでいるところだ。こちらも良書だと思う。読んでいるうちに原書でも読んでみたいと思うようになってきている。

参考までに、原書は紀伊国屋書店にはなく、確かめてもらうと、他の支店あるいは在庫にも残っていない。

Amazonには、ある。しかし発送まで時間を要する。

さらに思ったことは、

果たして原書で最初から最後まで読むのかしらん?

で、そこから発展し、まるごと読む本、たとえばお気に入りの小説は(紙の)書籍として、

その他の本は電子図書で良いのではと思ったりもしている。

紙の書籍、電子書籍、その区別を意識してみよう。

つながりについて

立花孝志さんについて、過激なユーチューバーの頃から知っていた。

エッジが効いていた。反面、キワモノだとも思っていた。

しかし、しだいに、良い意味で頭の良い人に思えてきて。いや、現在では「とうとう出て来た」感さえある。

略称NHK党のテレビの演説にホリエモンが加勢するそうだ。ぜひチェックしておたい。

両者とも並外れて頭が良いし、行動力もある。そう感じている人も多いのではないか。

ここで、違う視点で見てみたい。

立花さんもホリエモンを家庭を持っていない。お二人の事業の必要条件だと思っているけれど、それはさておき、他者とのつながりが多く、しかも太い。

言うまでもなく、これはSNSのフォロワーや「いいね」の数を言っていない。結果的に、その数が増えていることはあるけれど。

オッケー、ハナシを広げよう。

デカルトの「方法序説」では文脈から理性が感じられる。暖炉の前で「ハッ!」と思ったのは400年前だ。

もちろんデカルト以前にも理性的な人はいたし、日本でも、デカルトより、やや遅れて新井白石が活躍した。

ま、しかし便宜上、4世紀前から理性が広まっていったとしよう。啓蒙主義の始まりである。

啓蒙主義は科学や技術から、医療、そして社会や経済まで発展させた。

コトバに語弊があるかも知れないけれど、啓蒙主義はムダ死にを激変させた。内燃機関や電気を利用したアプリケーションにより、僕たちは、以前不可能だったことも出来るようになった。長期的にみれば社会はリベラルになっている(100年前の人からみれば、現在、右翼的な発言をしている人さえ、とてもリベラルだろう)

たしかに理性は進歩をもたらしたが、一方では、進歩とは相対的に内面の充実が得られなくなっていった。

たとえば孤立感・孤独感がある。SNSといった「つながるツール」があるものの、逆に僕たちは、つながりを感じにくくなっている。

その点、立花さんやホリエモンについて一考する価値があると思っている。

ちなみに、現在「喜びの書」(ダライ・ラマ/デズモンド・ツツ/ダグラス・エイブラムス)を読んでいる。良書だと思う。

経済成長には規制緩和が絶対

選挙が始まる。ネット上で各党首による討論が行われている。

立憲民主党の経済対策は、

生活者の可処分所得が増えることにより経済が伸びるという主旨である。

個人的には的が外れていると思っている。

アベノミクスは成功していないでしょう。

ちなみにアベノミクスは、大胆な金融緩和・大規模な財政出動・規制緩和の、いわゆる「三本の矢」で構成されている。

その中で、「第一の矢」となる日銀の異次元の金融緩和は思惑通りだっただろう。

日銀は金融機関の所持する国債を大量に買い入れ、当座に対価を支払う。また株式や土地にさえ、お金を流している。

学校では財政による需要の創出を習ったけれど、これにより、金融でも需要が創出されることが証明されたと思う。結果的に失業率が低下した。

オッケー、「第一の矢」は評価できる。

けれど、僕は「第三の矢」である規制緩和が本丸だと思っていて。「第一の矢」は、それを行なうための必要条件という位置づけだ。

「第一の矢」による株価の上昇や失業率の低下は支持率につながり、その間、規制緩和するための時間稼ぎが出来ると、まぁ、そんな感じ。

で、そこまで及ばなかったので、アベノミクスは成功していない、と言っているわけ。

ましてや、前述した立憲民主党の、生活者の可処分所得増による経済成長は的を外していると思うわぁ。