クリエイティブについて


 AIは、バブルだとおもう。

その言葉も、それに関わる資金も、ぶくぶくと、ふくれあがっている、とおもう。

ただし、たとえバブルがはじけても、グーグルやマイクロソフトから、ソフトバンクやLineまで積極的に投資している、

ということは、株価の時価総額は、将来生むキャッシュフローの、期待の総和なので、時間をかけてAI化が進み、ぼくたちの仕事や生活を変容させるのは間違いない。

AI化とは、分かりやすく言ってしまえば、解答に向かう指向性だ。

ひたすら正解を出そうとする。

正解が「よい」で、不正解が「わるい」ということである。

このことは、大切なポイントだ。

げんざい学校の勉強でも仕事でも「よい」「わるい」で判断することが多いでしょう。

で、みんな「よい」を求めるわけだから、同じものに収斂していく。

そして、このことはAIがイチバン得意とするし、ひとに取ってかわる所だ。

では、ぼくたちは、どうすればいいんだ。

それは「よい」「わるい」ではなく、「すき」「きらい」をもっと大切にして、「すき」の深掘りをしていくことだ。

それにより、同じものではなく、ユニークなものが生まれいったりする。

クリエイティブとは、そういうこった。

LINK Point


いつのまにか、トークンを持っていたりする。

ひとつは、Braveのコミュニティからのプレゼント、500 BATだったかな。

もうひとつは、LINEのトークンだ。

トークンは、ちょっと、ややこしくって。

LINEを例に説明してみようか。

まずLINEはLINK chainという独自のブロックチェーンを構築している。

そして日本国内はLINK point、海外はLINKというトークンが発行されている。
(ややこしい〜)

後者のLINKは、ほかの仮想通貨と交換が可能。

前者は、日本政府の規制により、現状では仮想通貨とは交換できない。そのかわりLine Pointと交換できる。

げんざいPayPayをはじめ、Payが花盛りでしょう。

Lineの場合は、Line Payで、

Line Payで支払った場合、Line Pointが付いたりする。げんざい、キャンペーン中で購入額の20%くらい、ポイントとして還元されるんじゃない?

で、トークンであるLINK Pointは、このLine Pointに交換でき、たとえばローソンで商品を購入する場合、その額が割引される。

ただし、LINK Pointは、将来的には、海外と同様、ほかの仮想通貨と交換できる可能性が高いので、Line Pointに交換せず、そのままにしておくという選択肢もある、とおもう。その方が、楽しみかもよ〜。

疫学とか統計とか

昨年読んだ書籍の中で、「探偵 ジョン・スノウ」は印象深かった。蔵書にしたいほどだ。

書籍のタイトルに「探偵」がついているので、推理小説のように思われるかも知れないが、本書は、疫学の基礎を築いたジョン・スノウの、いわば、ノンフィクションと言える一冊となっている。

かつてロンドンでは、集団で死亡する現象が相次いだ。

医師であるジョン・スノウは、その原因を探るため、関連する家を1件1件、つぶさに歩いて情報を収集し、分析した。

さくねん読了し、すでに記憶にあいまいになっているけれど、スノウは、ある特定の井戸に起因することを主張した、とおもう。

原因は、現在、コレラと呼ばれるものだった。ただコッホが病原菌を発見するのは、さらに後の時代であり、 当時は、悪い空気が舞い降りてくる瘴気(しょうき)説が主流だった。

その名が知られているナイチン・ゲールさえ、この説を支持したし、気候により大気から舞い降りてくるという、現在からすれば珍説を唱える人さえいた。

ジョン・スノウの説が受け入れたれたのは、彼の死語だった。友人の支持によった。げんざいスノウはデータを集め、その因果関係を探る疫学の祖と言われている。

さらに言えば、後世の統計学にも大きく貢献している、らしい。

統計学を学んだ友人によると、統計というのは、とても退屈な授業だったという。ま、昔から地味目の存在だったことは想像できるけれど、

ただし、現在においては、統計という言葉は注目を集めている。厚労省のデータの不正疑惑によるものだ。

この国では、前向きというより、皮肉から、モノゴトが前にすすむ場合が多々あるようである。

いずれにせよ、統計は、これから重要になっていくでしょう。

「統計学は最強の学問である」という本が、話題になったりした。じつは、ジョン・スノウの名前を知ったのは、本書のおかげである。本書の続編である「数学編」では、昨今人気のあるディープラーニン(AI)の理解を統計学の切り口から求めている。

「数学編」は、さすがに、途中でページを閉じた。保留中、かな

ホリエモン

ホリエモンは洞察が鋭い、とおもう。

ただ、コトバが足らないので、おうおうにして、誤解をまねく。

いちじき「すべてのものは、お金で買える」という発言が、先走ったことがある。

その元になった本を読んだことがある、

がしかし、じっさいには、そのようなことは書かれていない。

文脈から、それらしいコトバのみハイライトされ、それが倍音のように広がっていった、ということが実情だろう。

ネット上で「先の見えない時代、何をやったら、よいだろう」的な質問が散見される。

それに対して、ホリエモンは「遊ぶんだよ」という。

洞察の鋭い同氏の言い分だけに、個人的にも「そうかもねぇ」と思ったりしている。

ただし、やはり、コトバ足らず、だとおもう。

ま、じぶんなりに補助線を引いて解釈するなら、

現状の機械的なこと、事務的なこと、つまり同じ作業を繰り返し行なうことは、ディープラーニング(AI)がいちばん得意とすることなので、その種の仕事は、いずれ、なくなるよ、と言っているんだろう。

それと、もう、ひとつ。

「働き方改革」というものがある。来年度から関係した法律も施行されるようだ。

さいきんは法律というものも大切だと、おもいつつ、その半面、もっと内実の方が大切でしょうと、考えたりもする。

ホリエモンの「遊ぶのさ」発言については、拡大解釈すれば、

遊びなら、会社の就業以外でも、それをやるだろうし、SNSの普及を勘案すれば、連絡もするだろう、ということだ。

週休3日でも、4日でも、だいじょうぶで、

じっさい、「ほぼ日」という会社は、金曜日は「インデペンデンス・ディ」と称して、会社に来ても、来なくても、どちらでも良いみたいな、

ま、そうすると「遊ぶのさ」ということと、同じくホリエモンの発言している「将来、会社はなくなるよ」 というコトバは点と点で結ばれて、線になっていくわけね〜。

プラットフォームについて

GitHubで作業チームを構成する場合、同プラットフォーム上に、すでに登録している人の名前を「検索」し、チームへの参加を促す。で、受けた人が了承さえすれば、チーム成立である。

「チャンネル」と呼ばれているけれど、Slackでも同様である。

なにも、これは、仕事に使うGitHubやSlackだけではない。

たとえばLineだって、同様のことをしている、ということを、わりと、さいきん、気づいたりした。

でも、こういうのって、ウチらの世代には、なんとなく、もやもや感が残るんだよなぁ。すくなくとも、オレは、そうなんだ。

そういえば、Twitterで、知らない人をフォローすることに、さいしょは違和感があったかもしれない。Facebookの「友だち」も、「オレ、友だちでもないよなぁ」という、知らない方からの申請もあったりした。

それでも、Facebookとちがい、Twitterがいまも続いているのは、なぜだろう?

Twitterが匿名でも可だから、というわけでもなさそうだ。

じっさい、Twitterでは、さいしょは匿名だったけれど、げんざいは、実名でツブやいているわけだし。

ま、そう考えると、GitHubも、Slackも、Twitterには、けっこういい感じだとおもったりしていて。Facebookだけ、拒否感があるんだよなぁ。この違いは、なんだろう?

Gitがbranchしてしまった件


GitHubがコンフリクトしてしまった件について、先のブログで書いた。

原因は、ローカルとリモート両方で、コードを追記にしまったことにあり、とした。

経験不足のおかげで、そのことが直接の原因かどうか、いまだに自信がないけれど、

(幹のようなイメージである) Masterに対し、(枝のようなイメージの)Branchを、なにかゴチャゴチャやっているうちに、作成してしまっていたことは、判明した。

で、これサ、ターミナルでの操作、つまりコマンドラインだけでは確認できなかったわけよ。

Sousetree(GitをCUI化されるアプリ)で視覚化できたことで、はじめて確認できたんですねぇ。

以下、青いラインがMaster、赤と黄色のラインがBranchを示している。









コンフリクト

GitHubを、便利につかっている。

しかし、前回使用したとき、コンフリクトを起こしてしまった。

その原因が、わかったよ、たぶん。

それは、リモート(Git Hub)上のリポジトリーのソースコードを修正し、

さらにローカル(じぶんのパソコン)上のリポジトリーも、いじってしまったことによる。

ちなみに、コンフリクトを起こした際には、ネット上で、それを解消するコマンドを見つけ、あれこれやったりして、かなり、たいへんだった。

作業が複雑になってしまうことは、筋が悪いだよなぁ。

技術のクリエィティブについて

プログラミングでも、なんでも、いいや。

エンジニアにとって、そのおもしろさは主観的なものなんだと、おもう。

客観的な、おもしろさでは、ないんだね。

両者にとって、おもしろいこと、それが共感なんだと、おもう。

そして、それについて、汗をかくことがクリエイティブじゃないのかねぇ。

それが、ぜーぜん不足しているため、画期的といわれるディープラーニングも、ブロックチェーンも、よそ行き顔になってしまっているわけで。

分野によっては英語直の方が良いだろう

図書館に行ったついでに、コンピュータに分類されている棚の前に立ってみたまえ。

その関連書籍の多さを、いちべつ、できるだろう。

そして思うままに手にとって、ページをめくってみれば、すでに過去のものである情報の、その多さに気づくだろう。

とくにライブラリーをつかうチュートリアル系の書籍は、1年もすれば十分に古い、と言える。

それだけライブラリーのバージョンアップは目まぐるしいわけで、

そうなると、チュートリアルは、書籍よりネットで調べた方が有効な場合が多い。

そして、いちばん充実しているのは、そのライブラリーが主宰するウェッブサイトだったりする。

日常は日本語で囲まれているので、私たちは、世界が日本語で語られたり、語ったりしていることに、なんの疑いも持たないけれど、

プログラミングの世界を俯瞰してみれば、いっそ、全部と言ってしまいたいほど、英語で語られたりしている。

おっ、ハナシがそれてしまった。

要は、ネット上のライブラリーを主宰するウェッブサイトは、いっそ、英語と言い切って良い。

ウェッブサイトの日本語化を待ったり、さらには書籍として出版化される頃には、ライブラリーはアップデートされ、すでに日本語化された情報は有効でなくなってしまうことも多々ある。

ライブラリーについて、ウェッブサイト上で日本語で質問して、答えを待ち、さらに質問する手間を考えたら、英語でも良いから、直接、ライブラリーの情報をチェックした方が効率的だと思うけれど、そのへん、どうだろねぇ。

統計問題?

「統計が最強の学問である」や「探偵 ジョン・スノウ」は良書だとおもう。

そして、この2冊を読んだ影響で、読了後前に比べ、「統計は大切みたいよ」と言えるようになった、とおもう。

数字もそうだけれど、統計など抽象化されたものが、なぜか現実の問題を解決する有効なツールになっていたりするんだなぁ。

厚労省の統計のあつかいの話題が、マスコミやネット上で、さかんに取り上げられている。

これ、どうなんでしょ。

そもそも、現実にピタッとあう統計はないでしょう。精度というか、現実に合う確率を上げる統計手法を求めるべきなんだろうとおもう。

官僚の発言を聞いていると、まずは、統計に100%の統計を求め過ぎやしないかと、まぁ、そのような感想を持つわけ。

そして精度を上げるために手法を変え、従来の統計との連続性が担保されなくなった、というんでしょう。

そこが、たぶん問題の焦点で、政府・官僚は精度を上げるためであると主張し、

一方の野党は、いわゆるアベノミクスの成果を強調するために、恣意的な統計にしただろうと主張している、とおもう。

ま、これは、堂々めぐりで終わるんだろうねぇ。