「好き」が好み。

 

高橋洋一のツイッターが波紋を広げた。

波紋の中心点は「さざ波」「笑笑」といったワードにある。

高橋さんは、あくまでもデータの視点から、つぶやいた。

しかし本人にとって想定外の、多くの人の感情を害してしまった。

高橋さんは、ときどきリベラル左翼というコトバをつかう。

逆なでされた多くの人は、高橋さんの言うところのリベラル左翼と重なっているかもしれない。

そして、この点をもう少し深く掘り下げてみると、「いい」「わるい」という価値判断が党派になることを、イデオロギーと呼ぶのかもしれない。

一方ではデータ、一方ではイデオロギー。

ま、その両者どうしが、さざ波をたてた。そうおもったりもしている。

個人的には、「好きが」好みだけれど、ね。

ディープラーニングの位置づけ

「ゼロからつくるDeepLearning」「統計学が最強の学問である(数学編)」の感想については、きのうブログで触れた。

その続き。

前者の「ゼロから」はコードをチュートリアルしながら、読みすすめてていく。そういう方針で書かれている。そうなると、おのずと、説明についてもっと触れてみたくなる。

なので後者の「統計学が」は、前者の補助線を引くような読み方もしている。

その感想として、ディープラーニングは統計として位置づけした方がスマートじゃないかしらん、という、まぁ、そういうかんじ。

ディープラーニングはAI(という、いわばバズワード)として語られたり、プログラミングの延長のように思われている節があるけれど、

統計に必要なデータ量がとても多く、人では不可能な演算を、ハイスペックなコンピューティングでやらせている。

ディープラーニング

ディープラーニングの基礎はカンタンだ。そういうハナシを耳にする。

これは、あくまでもディープラーニングをカンタンに理解できた人からのハナシだ。

じっさいは十分に、むつかしいとおもう。

一般向けに著された書籍として「ゼロから作るDeepLearning」や「統計学が最強の学問である(数学編)」がある。

前者は用意されたコード(python)をチュートリアルしながら理解していく。

後者は、統計・数学からディープラーニングにアプローチしている。

個人的に両方のページをめくっている。

どのくらい理解できているか怪しいけれど、いくつか感想がある。

そのひとつは、こうである。

コードで数値を動かす(プログラミング)より、数学(解析的)な方が、十分に抽象的である、ということだ。

ちなみにベルクソンの文章も、とても抽象的だ。

これから先、その抽象的な感じさえAI(ディープラーニングなど / 機械学習)で代替される可能性もあるけれど、

一方で、そこまでやらなくても良い気もしている。

ある抽象的なことはヒトの方が得意で、それについてはヒトがやった方がスマートだし、電力も使わないわな。