幕末の輸出・輸入金額

幕末の輸出量と輸入量をプロットしてみた。

# 「日本における近代国家の成立」p73
# 原本Tsuchiya Takao,An Economic History of Japan,pp.241-242

# 「日本における近代国家の成立」p73
# 原本Tsuchiya Takao,An Economic History of Japan,pp.241-242

#1863年の輸入金額
import_1863=4366840

#1865年の輸入金額
import_1865=5950231

#1863 年の輸出金額
export_1863=4751631

#1865年の輸出金額
export_1865=6058718

import pandas as pd
%matplotlib inline
import matplotlib.pyplot as plt
plt.rcParams[‘font.family’] = ‘IPAPGothic’

df=pd.DataFrame([[import_1863,import_1865],[export_1863,export_1865]],index=[‘輸入’,’輸出’],columns=[‘1863′,’1865’])

df1=pd.DataFrame([[import_1863,import_1865],[export_1863,export_1865]],index=[‘1863′,’1865’],columns=[‘輸入’,’輸出’])

df.plot.barh(stacked=True,alpha=0.9)


df1.plot.barh(stacked=True,alpha=0.3)

明治維新について

言うまでもなく、小説はフィクションだ。

けれど、時代小説や歴史小説は、ついつい実際にあったことのように読んでしまう。

池波正太郎が描く鬼平でさえ(実際に存在していたけれど)実像だと思ってしまうくらいだ。

司馬遼太郎の歴史小説となると、それが歴史だとさえ思ってしまう。

いわゆる司馬史観である。

歴史家の磯田道史さんは、司馬作品に対し、小説の読了をきっかけに、その時代について調べてみたり、司馬さんの考えの経路を意識しながら読みすすめる方法をすすめている。

司馬さんの考えを知るならエッセイを読む方がスマートだ。

「この国のかたち」は名著でしょう。

司馬さんの明治維新の視点を知るのなら「明治という国家」がおすすめである。

本書が、明治維新の立役者を中心に語られているのに対し、外人が描く明治維新は新鮮な視座が感じられる。

E・H・ノーマンの「日本における近代国家の成立」は一読に値する。

幕末と同時期にクリミア戦争が起こり、ロシア、フランス、イギリスは日本に本格的に介入する余裕がなかった(清国止まり)。そのおかげで日本は維新への時間的余裕ができた点、

ヨーロッパが段階を踏んで資本主義になっていったのに対し、日本は過程を飛ばし、当時のヨーロッパのそれを急場しのぎに取り入れた点、

フランス革命はブルジョワ(市民)が為政者を追いやったのに対し、明治維新の場合、藩の下級武士が中心となり、三井家など大商人の資金援助を得て成し遂げられた点、

市民から選ばれた議会主導ではなく、行政主導で、強権と補助により明治がカタチ作られた点、

私感としては、後者2点の影響が現在まで引き継がれていると思っている。ゆえに根強いよね。

江戸時代の百姓を想像してみた

侍の地位は、あらゆる手段をもって、相対的優位が維持された。

幕府や藩は、商人や百姓に対し、行動の細部まで規定した。

とりわけ百姓の暮らしぶりは厳しかった。

米の収穫の多くは、侍階級に搾取された。

徳川幕府の本質は重農主義だが、時代が下るにつれ、商品経済が力を付けていった。

もう少し噛み砕いていえば、たとえば稲作に肥料が必要になれば、購入するためにお金が必要となった。

都会で流行ったもの、一つでも、村民に需要があったかもしれない。

村には、紺屋や酒屋等を兼業する百姓も出てくる。資本が蓄積される。その資本を元に、他の村民に貸し付ける者が現れる。

となると、藩による年貢の取り立てだけでなく、金貸しに金利も払わなければ、ならなくなってくる。

年々、藩もお金が必要になってくるので、お金に変える年貢米も多く必要になってゆくだろう。

反面、とくに幕末は飢饉が深刻で、年貢米の押し付けは百姓にとって、とても大変だったとおもう。