まったく、あたらしいもの

1年、2年、3年というふうに、じかんがすすむにつれ、ものやことは変わっていく。

ときには、いままでの、ものやことが不都合になっていく。

なので、ぼくたちも、かんがえや行動を、あらたにせざるをえない。

といっても、いままでやってきたことにより、つちかわれた先入観は、なかなか、かえられない。

 あたらしい、ものやことに出会ったとき、あるひとは「あんなものは、つかえないよ」といったふうに、拒否感をいだくかもしれない。

すこし前向きなひとなら、いままで、じぶんがつちかってきた、ことやものと比較して、あたらしいもの中の価値をみいだすかもしれない。

でもね、まったく、あたらしいものは、そもそもパラダイムがちがうんですよ。

なので、比較しているうちに、やはり「こんなものつかえないよ」となってしまうかもしれない。

ということで、まったくあたらしいものが出てきたときは、とにかく、それをつかってみることですですな。

いままでの先入観的なことは、どうするかというと、ま、うまく説明できないけれど、抽象化して、あたらしいものと同じ棚にならべておいたりする、なんてかんじで。

for構文

for文は苦手だなぁ。いい機会なので、ここで整理してみようか。

1)まずfor文の基本を書いてみる。

引数を3にして、iの中に、順番に3つの整数が入るようにした。はじまりは1ではなく0から。なのでアウトプットされるのは、0、1、2となる。

for i in range(3):  

       print( i )

0
1
2

2)次に任意の変数を作り、順番に値をアウトプットしてみる。

animals=[‘いぬ’,’ねこ’,’ハムスター’]

print(animals[0])
いぬ

print(anmals[1])
ねこ

print(animals[2])
ハムスター

 

3) 1)と2)を組み合わせてみる。1)でiの中には、0、1、2の値が順番に入っていくことが確認できた。なので、print[i]は、順にprint(animals[0])、print(anmals[1])、print(animals[2])の値が表出する。つまり、いぬ、ねこ、ハムスターとなる。

for i in range(3):
    print(animals[ i ])

いぬ
ねこ
ハムスター

4)formatメソッドをつかい、すべてに「さん」をつける。

for i in range(3):
    print(‘{i}さん’.format(animals[i])

いぬさん
ねこさん
ハムスターさん

5)リストの数を増やしたり、減らしたりするたびに、引数を打ち替えなくてはならない。そこで、3という数字の代わりに、組み込みのlen関数を利用することにする。

for i in range(len(animals):
    print(‘{i}さん’.format(animals[i])

6)iというのは、申し合わせの英単語のようなものだ。じっさいは任意の文字で 構わない。なので、i をanimalに変更する。

 for animal in range(len(animals):
    print(‘{i}さん’.format(animals[animal]))

いぬさん
ねこさん
ハムスターさん

「animalsのリストから(animal)を順に送り出し、さんをつけて出力する」プチ・アプリが完成した。

formatメソッド

以下、pythonについて。

おなじ型(str型)をつづけるばあい

gengo1=’令和’

gengo2=’元年’

print(gengo1+gengo2)

令和元年


ちがう型(str型+int型)をつづけるばあい

gengo3 = 1

print(gengou1+gengo3)

エラー


このばあい、1をstr型の’1’にすれば解決する。

gengo4 = ‘1’

print(gengo1+gengo 4)

令和1


ただし、変数をつくるとき、str型かint型か、かんがえるのはメンドくさい。str型のformatメソッドをつかうのが一般的のようだ。

print(‘令和{}’.format(gengo3))

令和1

変数がオブジェクトになっている

必要があり、またpythonをやっている。

基本的なことだけれど。

オブジェクト > メソッド(関数)

オブジェクトは、最初から組み込まれているものもあるが、

モジュールとして読み込むもの(import モジュール名)

あるいは、必要におうじて、じぶんでも、つくれたりする。

(疑問:オブジェクトと型のちがいは?)

で、ひさしぶりにやっていて「あれ」って、おもったことがある。

pythonのばあい、変数名がオブジェクトになっていて、それに関連するメソッドがつかえるんだね。

たとえば、lowerメソッドをつかって、
Fruits = Apple
 Fruits.lower()
apple     //すべて小文字にする機能
というぐあいに。

どうやら、これ基本的なことで、なにげに、じぶんでもやっていたけれど、明示的に気づいたのは、きょうなのだ。新鮮だねぇ。

たぶんだけれど…JavaScriptは、そういう記述はできなかったと、おもう。
変数にオブジェクトを代入して、console.log()関数で、吐き出すんじゃなかったっけ?

JavaScriptでは、ToLowerCase()というメソッドで同様のことができる。

上が旗を振ること

 

かつて環境はブームだった。それは京都議定書の実効期間に重なる。

そのころ環境系の取材をしたり原稿を書いていた。

そのうちに、各自治体や企業がいっせいに同様の施策を行うことが不思議におもえてきた。

で、それなりに調べてみた。 立法や官庁の省令、補助金が自治体に大きな影響を及ぼしていることが分かった。たとえば環境省が作成した雛形を使って自治体がプランを作成するといった感じだ。

一方企業については、経団連から各事業団体へ、そして企業へ、環境についてのプランが伝えられていた。

このことに気づいてから、日本は中央官庁や経団連の力が意外に大きいとおもうようになった。

ほんじつのニュースによると、来週、経団連が「終身雇用の維持はもう出来ない」的な発表をするらしい。これ、大きな発言だとおもうよ。このタイミングでの発表。令和から変わりますって印象づけられるもんな。

個人主義とか

 

ジョン・ロックの解説を読んでいる。

政治経済の授業で、三権分立を唱えた人のように教わった気がするけれど、残念ながら、教科書など残っていないので、たしかめようがない。

書籍のなかで目を引いた一文がある。引用しよう。

「蓋然知という薄明のうちに書いた人間の善き生の規範を認識することがキリスト教の存在根拠そのものを記している」

クリスチャンであるジョン・ロックにとって、神は沈黙している。けれど「一生懸命になれば(沈黙以外の)神が人に与えるメッセージは分かるだろう」的なことだろうと、おもう。それがジョン・ロックの指す理性かもしれない。

いま中国の台頭が注目されている。しかしヨーロッパ、あるいはアメリカが主導している世界は、せいぜい、ここ300〜400年くらいでしょう。もっと俯瞰すれば、おおよそ世界の中心は中国やイスラムだったとおもう。

欧米が近世、近代に台頭したのは、数学から複式簿記まで、さまざまなツールが開発されてきたからだとおもうけれど、その根本には、やはりプロテスタントから派生したパラダイムがあるのではないか。パラダイムから派生した個人主義。そもそも日本には、そのような価値体系がないわけで。漱石の小説なり講演なりから読み取れる個人主義は、ヨーロッパからすると、とてもユニークなものだろう。

マスコミねぇ。

 
 ブラックホールが可視化された。数年前には重力波が確認された。量子コンピュータが可動している。中国では人にもゲノム編集が施された(らしい)。

  …ディープラーニングは、ぐんぐん進んでいる。英語ならYouTubeの映像の音声は、ほぼほぼ正確に文字化されている。自動翻訳の精度も上がった。セサミストリートなら、翻訳された日本語は気にならない。Tedでも内容を知るくらいなら問題はない。

  グーグルの検索エンジンは、いまや文字での検索だけではない。知らない画像、似た画像を調べたいとき、手元のその画像をアップロードすれば、ディープラーニングにより、関連した画像を閲覧することができる。

  以上、書きつらねたことは、ひとつをとっても、以前なら、とても大きな話題になったとおもう。にもかかわらず、なにげな感じになっている。なぜだろう?

 いぜんなら、こういうのはテレビや新聞に大きく報じられたでしょう。でも、げんざいは、それほど大きく報じられないのは、マスコミの記者や編集が、うまく理解できていないからだ。そして日本発でもないので、パブリシティ的にも発信もしない。かくして日本は、世界のセンセーショナルな動きから取り残されいくという。ま、これは個人的な仮説ですな。

  マスコミは、ピエール瀧など個人的なことを大きく報じるんだよなぁ。どう考えても、ブラックホールのような話題の方が大きいでしょう。ちなみに電気グルーブは、とても良いです。「電気ビリビリ」最高〜!

 

『お金2.0』を読んだ感想


ホリエモンの『これからを稼ごう』の中で、本書は、トークンエコノミーの参考書として紹介されている。そして、両者とも、これからは好きなことをやっていくことを、すすめている。

ホリエモンは、とても鋭い人だとおもう。しかし、おうおうにして、ことばが足らない。だから「お金ですべて買える」などと、誤解を、まねいたりもする。
「好きなことを、やるんだよ」的な発言も、ことば足らずだ。本書での筆者の文章は、そのへんの傍証ともなる、とおもう。

本書の主題は「価値主義」についてだろう。以下は、本書をまとめたものとなる。

従来の価値は財務諸表に表れる。それに対し、財務諸表に表れない価値もある。それは、好きだったり、共感したり、信頼したりする内面的な価値である。またボランティアといった社会全体を維持するための価値もある。

トークンエコノミーというのは、後者のふたつと相性がいいらしい。財務諸表的な価値というのは、売上や利益に表れて初めて価値が認識される。それに対し、たとえば、好きという気持ちは、じゅうらい具象化がむつかしかった。しかしトークンなら、発行者がトークンと、好きを、ひもづけされるように設計することで、これが可能になる。

トークンにより、好きな気持ちが具象化され、評価され、流通させるようになる。これが「好きなことをやろう」的なことに説得力を持たせる理由のひとつ。そして、これは私感になるが、だれもがシンドイと感じることは、やがてAI化されてゆく。まだ、そうなっていないのは、AIの技術的な進展が待たれる点もあるとおもうが、人件費の方がAI導入より安いという、経営者の合理的判断もあるのではないか。この2点がクリアになれば、やはり「好きなことを、やった者勝ち」なのである。

Fintech(フィンテック)はバズワードかもしれない。定義があいまいなまま拡散している。本書では、Fintechを、あえて1.0と2.0で区別している。
1.0は、従来の文脈で語られる。既存の金融の延長上にあり、マスコミや金融機関がつかうFintechは、ほぼ、こちらを指している。

2.0は、近代につくられた資本主義というフレームワークではなく、ゼロベースから再構築されるものだ。ブロックチェーンが応用される仮想通貨やトークンは、こちらに該当する。ちなみに本書のタイトル『お金2.0』は、こちらの Fintech2.0に由来していて、本書は、こちらのパラダイム・シフトを中心に扱われている。個人的には、やや理解しにくい点もあるが、頭の中の整理に一助を与えてくれる良書だとおもう。

スマートコントラクト


ビットコインは、そのやり取りが一覧できる。たとえば通帳のようなものだ。

一方、イーサリアムは、そのプラットフォーム上で、任意のアプリケーションが利用できる。

契約や取引にはコストがかかる。

それは関係官庁の個別の審査や、煩雑な事務を行政書士に依頼する必要がある。

イーサリアムには、契約上の取り決めや、その証明を、アプリケーションにより自動化してしまうという発想がある(スマートコントラクト)。

従来のものにとどまらず、将来的なこと、たとえばクルマのシェアなど(いちいち契約書にサインすることなどなく)スマートコンストラクトでスムーズにできるようになる、とおもう。