喪失感の引き継ぎについて

漱石の「こころ」も、村上春樹の「海辺のカフカ」も、とても好きな小説である。

ふたつの小説には共通点がある。

それは善悪を超えた存在により、登場人物の心が喪失していく点だ。

そして「こころ」の先生、「海辺のカフカ」の佐伯さんは、喪失した長いストーリィを文章で書きつづる。

それを書いているあいだ、先生も佐伯さんも失われた心が癒やされている。

ただし「こころ」では、先生が主人公の私に手紙を送るのに対し、「海辺のカフカ」では、誰の目にも触れないように、人を通じて処分してもらっている。

先生は、主人公の私に自分のストーリィを知ってもらうこと、言い方を変えれば、主人公の私が手紙を読んだ印象を引き継いでもらいたかったのに対し、佐伯さんはそれを拒否している。

拒否しているのだけれど、佐伯さんのそれは、カフカ少年にメタフィジカルな場所で引き継がれている。