漱石の文京区の坂

 

漱石は、現在の日本医科大学の近くに住んでいた。そのおかげで、小説の中の登場人物たちは、文京区に位置する坂や路を歩くことになる。思い出すままに書いてみよう。

三四郎は、菊人形を見るために、仲間たちと千駄木の団子坂を歩いた。途中で三四郎とミネ子は、みんなとはぐれ、二人きりで歩くことになる。「迷える子羊」なんて言ったりして。印象的な場面だよね。

同小説。三四郎は、与次郎のせいで、みね子からお金を借りるはめになる。後日、そのお金を返そうとするが、「いい」という、みね子。追っかける三四郎。その場所は、切通坂。

「こころ」の先生は、学生時代、伝通院の近くに住んでいたような。こんにゃく閻魔や、現在の小石川植物園を散歩していたんじゃなかったけ?

「道草」で、主人公の建三は、偶然、義父をみかける。あれは、坂をのぼって、本郷通りを曲がったところだったと思う。その坂は、えーと、何ていう坂だっけ。根津神社の表参道側の坂だったと思うんだけどなぁ。