司馬さんの歴史小説

 

司馬遼太郎の作品が大好きで、だいぶ読んできた。その上で、言ってみよう。

司馬史観という言葉があるそうな。言葉だけ知っており、それが何を指すのか知らない。調べるのも、ああ、めんどうだ。

ただし、司馬さんの歴史小説には特長があると思う。ひとつは、坂本龍馬のような人物が歴史を変えるという書き方だ。たとえば、トルストイの「戦争と平和」(ピエール)や島崎藤村の「夜明け前」(青山半蔵)のような、普通の人が歴史とどうか関わってきたかというアプローチはない。

それと、もうひとつ。司馬さんは、時代時代の日本は違う、という見方をしていらしたように思う。鎌倉時代は鎌倉の、明治時代は明治の、そして(小説では書かれていないけれど)第2次世界大戦は、その当時だけ別の国になったような。そんな描かれ方をされていたように思う。

ところで、時間があったら、万葉集や古今和歌集を読んでみたいと思う。ゆいいつ知っている古歌は、小倉百人一首にも選ばれている、紀友則の「久かたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」である。この心情は分かるよ。数百年前に読まれた歌だぜ。

Lineとメール

Lineを使うと、少なくとも、メールでやらなければならない2つの手間をを省くくとができる。

まずメールのように、タイトルをつけなくて良い。

続けてやり取りするばあい、メーラーのように、いちいちアプリを立ちあげなくとも良い。

その他にも違いがある。こちらは、どちらが良いとはいえない。それは、やりとりのリズムの違いのようなものだ。

Lineはやりとりが、続く。やり取りが、とどこおると「なんだよー」って、なりかねない。その点、メールは不自由ゆえに、一泊置くことができる。メールを受けた場合の、返信の自由の裁量が大きい。

ガラケーは、基本的にメールのやり取りになるわけで。それは、それで、Line的なことに追いかけられなくても良いもんなぁ。

漱石の文京区の坂

 

漱石は、現在の日本医科大学の近くに住んでいた。そのおかげで、小説の中の登場人物たちは、文京区に位置する坂や路を歩くことになる。思い出すままに書いてみよう。

三四郎は、菊人形を見るために、仲間たちと千駄木の団子坂を歩いた。途中で三四郎とミネ子は、みんなとはぐれ、二人きりで歩くことになる。「迷える子羊」なんて言ったりして。印象的な場面だよね。

同小説。三四郎は、与次郎のせいで、みね子からお金を借りるはめになる。後日、そのお金を返そうとするが、「いい」という、みね子。追っかける三四郎。その場所は、切通坂。

「こころ」の先生は、学生時代、伝通院の近くに住んでいたような。こんにゃく閻魔や、現在の小石川植物園を散歩していたんじゃなかったけ?

「道草」で、主人公の建三は、偶然、義父をみかける。あれは、坂をのぼって、本郷通りを曲がったところだったと思う。その坂は、えーと、何ていう坂だっけ。根津神社の表参道側の坂だったと思うんだけどなぁ。