「明治」という国家

はたして来年、オリンピックは開催されるのだろうか。

不測の事情を除けば、オリンピックは4年ごとに開催される。

ぼくにとって、司馬遼太郎は4年ごとにマイブームが訪れる。無性に読みたくなるんだ。

けれど、ここ10年ぐらいは、そのブームは訪れることもなく、司馬作品を読む機会はなかった。

げんざい「明治という国家」を再読している。

司馬さんらしい平易な言葉で、明治のカタチが語られている。

概念的な言葉も、やさしい言葉で説明されているが、内容は、けっして簡単ではない。読み手の知識に、ゆだねられている。

第一章「ブロードウェイの行進」の中で、以下の一文がある。

「右にせよ、左にせよ、60年以上のこの世に生きてきますと、さまざまなイデオロギーというものには、うんざりしました」

司馬さんの小説には、同様のことを感じさせる場面に出会うことが多々あり、上記の言葉は、そのことを再認識するものとなっている。

そして、上記の言葉の後には、イデオロギーについて、司馬さんの解説が読める。

じつは、このブログでは、その要点をまとめようとしたのだが、うまく出来なかったわけで。それだけの知識が、ぼくには、ないんだわ。