上が旗を振ること

 

かつて環境はブームだった。それは京都議定書の実効期間に重なる。

そのころ環境系の取材をしたり原稿を書いていた。

そのうちに、各自治体や企業がいっせいに同様の施策を行うことが不思議におもえてきた。

で、それなりに調べてみた。 立法や官庁の省令、補助金が自治体に大きな影響を及ぼしていることが分かった。たとえば環境省が作成した雛形を使って自治体がプランを作成するといった感じだ。

一方企業については、経団連から各事業団体へ、そして企業へ、環境についてのプランが伝えられていた。

このことに気づいてから、日本は中央官庁や経団連の力が意外に大きいとおもうようになった。

ほんじつのニュースによると、来週、経団連が「終身雇用の維持はもう出来ない」的な発表をするらしい。これ、大きな発言だとおもうよ。このタイミングでの発表。令和から変わりますって印象づけられるもんな。

個人主義とか

 

ジョン・ロックの解説を読んでいる。

政治経済の授業で、三権分立を唱えた人のように教わった気がするけれど、残念ながら、教科書など残っていないので、たしかめようがない。

書籍のなかで目を引いた一文がある。引用しよう。

「蓋然知という薄明のうちに書いた人間の善き生の規範を認識することがキリスト教の存在根拠そのものを記している」

クリスチャンであるジョン・ロックにとって、神は沈黙している。けれど「一生懸命になれば(沈黙以外の)神が人に与えるメッセージは分かるだろう」的なことだろうと、おもう。それがジョン・ロックの指す理性かもしれない。

いま中国の台頭が注目されている。しかしヨーロッパ、あるいはアメリカが主導している世界は、せいぜい、ここ300〜400年くらいでしょう。もっと俯瞰すれば、おおよそ世界の中心は中国やイスラムだったとおもう。

欧米が近世、近代に台頭したのは、数学から複式簿記まで、さまざまなツールが開発されてきたからだとおもうけれど、その根本には、やはりプロテスタントから派生したパラダイムがあるのではないか。パラダイムから派生した個人主義。そもそも日本には、そのような価値体系がないわけで。漱石の小説なり講演なりから読み取れる個人主義は、ヨーロッパからすると、とてもユニークなものだろう。