ものをまとめて作る時代がずっと続いてきた。日本では150年くらい前からかねぇ。

まとめて作られた製品は、販売店で売られ、使う人の手もとに届く。本題に入る前に、便宜上、図式で書くと、工場 → 販売店 → ユーザーとなる。

じつは、いままでの多くのシステムは、この図式とカタチが似ていたりする。

情報でいえば、たとえば新聞なら、新聞社→販売店→読者となる。雑誌なら、出版社→取次店→書店→読者である。

ほかにも、会社なら上司→部下で、学校なら先生→生徒だ。探せば他にもあるだろう。

しかだよ、近年の先鋭的なトラブルは、この矢印の逆方向が遠因だったりする。

販売店←ユーザー、これはクレーマーだ。上司←部下、これはパワハラやセクハラの訴えだ。先生←生徒、これは生徒による暴言・暴力だったり、あるいはモンスター・ペアレンツも含まれるかもしれない。

SNSなど、シェアという概念もある。こちらには、上記の「逆立ち」した図式と違い、好意的な響きがありそうで(むしろ、こちらの方が主流になり、クレーマーやパワハラといった問題を解消していってくれる予感もするけれど)

ま、いずれにせよ、ずっと続いてきた工業化は終焉し、それに似た工業のプロセス的な図式は有効に機能しなくなってきているということを言いたいわけよ。だいじな視点だと思うなぁ。