いわゆる「姉歯事件」をおぼえている人は少ないだろう。

そういうじぶんも詳細はわすれている。ただ、あえて「姉歯事件」といっているのは、げんざい「なんとか池」問題で、官僚の姿勢があらためて問われているからだ。

「官僚とメディア」(魚住昭)を再読してみる。

建築確認は認証機関に、意匠審査→構造検査の順に提出される。姉歯は時間がなかったため、意匠審査で仮の計算書を提出し、構造検査に正規のものに差し替えようと思っていた。こういうやり方は、なにも姉歯に限ったことではなかった。

ところが、姉歯の提出書類は意匠審査で通ってしまった(書類の差し替えができなくなった)。通ってしまった以上、変えられない。

これが本質のようだ。

けっきょく、本件は姉歯だけでなく、建設を請け負った木村建設前社長や前支店長、設計を監査したイーホームズ社長ら計8人が逮捕された。本件で逮捕されたような印象が残っているが、じつは別件逮捕だった。

本書の本件を扱った章では、以下のような文章で結ばれている。本書のキモになっている印象を受けた。

「事件があらわにしたのは、建物の安全を支えるはずの建築確認システムが完全に形骸化し、機能しなくなっていたということだった。国交省の官僚たちはおそらくそのことに薄々気づきながら、何の手も打たず放置してきたのだろう。(中略)

この事件で問われるべきは国交省の官僚の責任だった。だが、それを問う声はあまりにか細く、官僚たちはほとんど無償のまま生き残った(中略)

では国交省の官僚たちはどうやって自らの責任回避に成功したのか。もう言うまでもないだろう。情報操作である。事件発覚から強制捜査着手までの約五ヵ月間、流された情報の半数は国交省を発信源としている。国交省の担当記者たちはそれと気づかぬまま、(たぶんいまもそうだろう)官僚たちの生き残り戦略に荷担されたのである」
(107〜108ページ)

森友学園問題については、行政の当時の当事者がちゃんと話さなくっちゃねぇ。ましてや、証人喚問なら、一般人よりむしろ役所の人を先にやった方がいいんじゃないかなぁ。

証人喚問にお役人が応じるようになるのなら、姉歯事件から10年経て、すこしは前進したように思うネ。