ソフトウェアを共同で構築するために、Gitはなくてはならないものらしい。

ネットで、ちらりとチェックしてみると、Gitの開発には、リナックスを作り上げたリーナス・トーバルス、それに日本の誰かが 関わっている。

ぼくのばあい、ソフトウエアの開発は門外漢であるものの、(Gitではなく)GitHubを知ることになり、そのアカウントを持っている。

 で、GitHub上の手続きだとおもっていたものは、じつはGitだったりすることも、せんじつ、はじめて知った。

じぶんなりに分かりやすく整理すると、 Gitはたとえば会社の同じプロジェクト内のプログラマーどうしでつかい、GitHubは、ネット上の知らないひとからも、自作のプログラムについて協業してもらえる。そんな、とらえ方。もちろん GitHubを利用して、社内の同僚とやり取りすることも可能だし、じっさい行われているのではないか。

じぶんでコードを書いていたA君は、壁に付きあたってしまった。

A君はGitHubに、そのコードと「どうしたいのか」というコメントを書きそえて、プルリ(Pull Request)をする。プリ・リクエストとは、文字どおり、それを見た関心のある誰かにプルをリクエストすることだ。関心のある誰かは、A君のコードをじぶんのパソコンにプルし、そのコードを書き換えたり、書き加えたりして、GitHubのA君のプロジェクトにプッシュする。A君は、それを取り入れたり、それを参考にじぶんで書き直したりする。あるいは複数の人から書き換え/書き加えがあったばあい、どれが適切なのか検討もできる。

文化というか、習慣というか、プログラマーのこういう感じは、じつは、うらやましかったりする。もっとも、ひとむかし前のマイクロソフトや、げんざいのアップルはコードの開発は閉鎖的で、GitHubの文化とは真逆と言える。あえて言えば、GitHub的な、オープンなボランティアな雰囲気が好きということになるのかねぇ。

すくなくとも広告の仕事では、こういう感じはないんだぁ。