先生とKは同一人物である、そう仮定すると、自分の中で納得のいかない、いくつかの点がクリアになる。おなじひととは、すなわち漱石自身だ。

乃木希典(将軍)は明治天皇に殉死する。乃木は陽明学を敬慕していた。先生は遺書のなかで「私は明治という時代に殉死するのです」という。「こころ」の中の、先生の死の謎は、殉死という言葉に引っかかってしまうからだ。先生の死は、陽明学のように思想的なものではない。明治人という象徴の死だ。

明治に生まれ明治に育った人たちには、江戸時代生まれのひとたちとは違い、お手本がなかった。「こころ」のなかの悲劇は、Kのような歴史上の哲人たちへの理想が挫折し、先例がなく自身ですすまざるを得なかった先生も行きづまるところにある。そして漱石には、その両方があった。

「こころ」は、げんざいでも有効だとおもう。