4月20日より朝日新聞で、夏目漱石の「こころ」が連載されている。そのことが頭の隅にあったのか、新潮文庫版を本棚から取り出し、読み返してみた。

巻末の年表を参照してみると、同小説は朝日新聞の1914年(大正3年)の4月から10月まで連載されていた。いまから、ちょうど100年前の話である。現在の掲載は、それを記念した企画だと思う。

「こころ」は漱石の代表作である。これは、定説と言っても良いだろう。個人的に言えば、他の作品が好みだが、何度も読み返しているのは、当作品である。7、8回は読み返しているだろうか。それだけ、気になる作品なのである。

先生の友人Kは、霊のために肉を捧げる苦難苦行の先人に憧れ、道のためにすべてを犠牲にすることを第一信条にしていたが、先生といっしょに間借りをしていた家のお嬢さんに思いを寄せるようになる。

同じ女性を好きになっていた先生は嫉妬し、彼の精神上の弱点を突き、ののしる(常日頃から言っている精進はどうするんだ。欲はもちろん、たとえ欲を離れた恋そのものでも、道の妨げになるではないか)。

そしてKに焦りを募らせた先生は、とうとう行動に出る。お嬢さんの母親を通じて結婚の約束を取り付ける。で、時期を同じくして、Kは自殺してしまう。それを契機に、先生はお嬢さんと結婚した後も、ずっと罪悪感を持ちつづけ、最終的には乃木希典の殉死と同じ日に自殺してしまう。

Kを裏切りその悩みを抱え続けて、死んでしまう。はたして、そんなことはあるだろうか。その種のことだって、じょじょに薄らいでいくものではないか。どうも、その点が引っかかっていたように思う。

がしかし、今回、読み返してみて(もしかしたら、小説自体がそういうものなのかも知れないけれど)、この小説は、アクチュアルなことよりむしろ、人間一般のエゴが心にどのように作用し、さらにエゴは死自体よりも苦しみを与えうるものであることを描いている。そういうふうに感じた。