手帳を利用してiPhoneを立ててみる。

 

iPhone6になってから、だんぜん、映像が見やすくなった。といっても、手に持ちながら見るのは、すぐに疲れてしまう。どこかに、置かなければならない。

で、そのとき悩ましいのは、iPhoneをどう支えるのかである。現在、どういう方法が良いか、ぐずぐず試している。

 

iPhpne_TATERU1

いつも持ち歩いている「ほぼ日手帳」の内ポケットに、プラスチック製の「iPhone立て」を入れている。

 

iPhone_TATERU2

「iPhone立て」を折り曲げ、固定して、

 

iPhone_TATERU3

このようにiPhoneを立てかける。なかなか、いいかんじです。

 

iPhone_TATERU4

ただし、これが、よくどこかに行ってしまう。ならば手帳で支えちゃおう。

 

iPhone_TATERU5

まず手帳を逆さまにする。そしてしおりを、このような位置に置く。

 

iPhone_TATERU6

そのまま手帳を閉じてしまう。

 

iPhone_TATERU7

ほら、このとおり。

 

「ほぼ日手帳」のhanehana(ミナペルホネン)には、うまいぐあいに、しおりに玉状のアクセントがついている。

他の手帳が、うまくいくかどうかは、ちょっと分かりませんが。

ちょっとバカバカしい気がしなくもないけれど、時間のあるときに、試してみては、どでしょ?

読まれないよ

ツイッターをやって3年くらい経つと思う。ようやくフォロワーが300人を越えた。さいしょは、日本風のインシャルでやって(ふ_つる)、途中から実名に変えた。そもそも実名にするまで、けっこう迷ったっけ。

ツイッターをやってみて、自分の思いが届かない、というか、それ以前に自分のツイートが目にさえ触れないことを思い知った。ツイートは、ただただタイムラインに流れてゆくよ。

目にさえ触れないという点では、検索されることのないブログや、たぶんフィスブックでも同様だろうよ。まるで、砂浜に砂を流しているような。

こういう虚しさは、たとえば新聞や雑誌、パンフレットにコピーを書いている時には、感じなかった。内心、届いていないだろうとは思っていたけれど、ね。

ま、いずれにせよ(身近な人に伝えることも難しいけれど)会ったことのない人に、自分のつぶやきでも、意見でも、コピーライティングでも、見つけてもらい、さらには読んでもらえることは、もう奇跡に近いことが実感できたよ。このことは、ツイッターやブログをやったおかげだわ。