アマゾンの対応、はやっ!

 

わからないことがあったら、そのサポートセンターに、電話するよね。だけど、アマゾンは違う。当社サイトに、自分の電話番号を入力すると、逆にサポートセンターから電話がかかってくる。しかも既存のサポートセンターのように、順番待ちさせられることもない。文字どおり、すぐにかかってくる。

返品の対応のはやさにも、びっくりした。オレさ、アマゾンに2つの商品を返品したわけ。その事情は、それぞれ違う。

ひとつは、映像が止まってしまい、最初のタイトルに戻ってしまうDVDの返品。先方の不都合による。一連の経緯は次の通り。

①アマゾンの該当ウェッブページより返品の申請 ②コンビニよりアマゾンに商品を送付 ③アマゾンより新しい商品が届く。

で、おっと思ったのが、返品したら、翌日には代わりの商品が届いたことである。これって、アマゾンは申請を受けた時点で(上記の①を確認した時点で)返品を待たずに、商品を送ったからだよね。アマゾンは、従来とは違ったクレジット(信用)のとらえ方をしているのかも知れないねぇ。

もうひとつの某商品の返品は、予想していたとおりの使い方が出来なかった当方の都合による。こちらの事情なので、全額返済していただくというわけには、いかなかったけれど。言いたいのは、その対応のはやさだよ。近所のセブンイレブンにその商品を出した翌日には、決済された旨のメールがアマゾンから送られてきたわけだから。

 

 

 

 

司馬さんの歴史小説

 

司馬遼太郎の作品が大好きで、だいぶ読んできた。その上で、言ってみよう。

司馬史観という言葉があるそうな。言葉だけ知っており、それが何を指すのか知らない。調べるのも、ああ、めんどうだ。

ただし、司馬さんの歴史小説には特長があると思う。ひとつは、坂本龍馬のような人物が歴史を変えるという書き方だ。たとえば、トルストイの「戦争と平和」(ピエール)や島崎藤村の「夜明け前」(青山半蔵)のような、普通の人が歴史とどうか関わってきたかというアプローチはない。

それと、もうひとつ。司馬さんは、時代時代の日本は違う、という見方をしていらしたように思う。鎌倉時代は鎌倉の、明治時代は明治の、そして(小説では書かれていないけれど)第2次世界大戦は、その当時だけ別の国になったような。そんな描かれ方をされていたように思う。

ところで、時間があったら、万葉集や古今和歌集を読んでみたいと思う。ゆいいつ知っている古歌は、小倉百人一首にも選ばれている、紀友則の「久かたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」である。この心情は分かるよ。数百年前に読まれた歌だぜ。

Lineとメール

Lineを使うと、少なくとも、メールでやらなければならない2つの手間をを省くくとができる。

まずメールのように、タイトルをつけなくて良い。

続けてやり取りするばあい、メーラーのように、いちいちアプリを立ちあげなくとも良い。

その他にも違いがある。こちらは、どちらが良いとはいえない。それは、やりとりのリズムの違いのようなものだ。

Lineはやりとりが、続く。やり取りが、とどこおると「なんだよー」って、なりかねない。その点、メールは不自由ゆえに、一泊置くことができる。メールを受けた場合の、返信の自由の裁量が大きい。

ガラケーは、基本的にメールのやり取りになるわけで。それは、それで、Line的なことに追いかけられなくても良いもんなぁ。