極限にて統治機構が変わる…かも

どんなことでも、そうだけれど、安定しているうちは、それは空気のようにフツーなものである。

たとえば、江戸時代は250年以上も続いたわけで。徳川家の統治は所与であり、疑いを持たれることさえなかった。

しかし時代が下るにつれ、徳川とは、天皇を助ける諸藩の首席にすぎないことが知れていった。

徳川慶喜が英断した大政奉還とは、そのポジションを天皇にお返しする出来事だった。天皇の下に、諸藩が一列に並ぶことになった。

たぶん…慶喜は返上した上で、徳川がそのリーダー(議長みたいなもの?)になることを目論んだ。

がしかし、薩摩をはじめとする雄藩は、それを良しとせず、自分たちで天皇を立て(王政復古の大号令)、そして徳川を中心とする佐幕派と一線を交えた。

鳥羽伏見の戦いにて、自軍の劣勢を知った慶喜は、大阪城から密かに江戸に帰り、佐幕側は混乱におちいった。

ちなみに、「福翁自伝」(福沢諭吉の自伝)には、その時の無法状態になった江戸城内の様子が描かれていて、それは自分の目でみて、なおかつ記憶力の優れた福沢諭吉の証言ということもあり、信用に耐えうるものになっている。

不安感が最大限度の近づかないと、統治機構は変わらないという、ま、そういう感じ。本日は、大阪都是非の住民投票なり〜