孟子は「五十歩、百歩」と言った。そのことば自体はポピュラーだし、ぼくも知っている。でも、どういう文脈で書かれていたっけ? このさい、ページをめくってしらべてみよう。

ま、こういうとき、ネットは便利ですねぇ。どの章に書かれていたのか、とりあえず知ることができたりする。検索できなかったら、1ページ1ページ、たしかめていくことになるでしょう。根気が続かないというか、そんなこと不可能に決まってるよ。

出典は「巻第一 梁恵王章句 上」だった。こういう文脈でかたられている。

梁の恵王が孟子に、たずねた。「わたしは、国のために、こんなに苦心をしている。それに対して、となりの国は、苦心などしていない。なのに、わが国のひとの数は増えもせず、一方の隣国のひとの数は、減りもしない。なぜだろう?」

孟子は答える「王様は戦争がお好きでしょう。なので、戦争にたとえてみます。いくさで斬り合いがはじまったとき、よろいを脱ぎ捨てて逃げ出した者たちがいたとします。そのとき、五十歩逃げた者が、百歩逃げた者に、わたしはお前より五十歩踏みとどまった。お前は卑怯者だと言えるでしょうか」

恵王「言えない」

孟子「そこまでお分かりなら、隣国と比べ、貴国の人民の増えることを望むのは意味のないこともお分かりでしょう。ごじぶんを正当化せず、謙虚になり、まずは穀物、家畜、材木、養蚕、教育などを工夫すれば、かならず王様の徳をしたって、ひとびとは貴国に寄ってくるでしょう」

ま、こんなかんじ。「五十歩、百歩」は、文字どおりのことばより、むしろ自重の大切さが説かれているとは。ねぇ。