AIについて

AIは旗印だ。実現していない。なのにAIという言葉が、さかんに使われている。その解説には違う視点が必要だ。

意味がハッキリしないのに、なんとなく了解されているコトバ、いわゆるバズワードがある。

バズワードというコトバは、否定的に使われることが多い。「AIはバズワードだよね」みたいに。

個人的には、バズワードをいちがいに否定していない。バズワードという、ぼんやりした旗印のおかげで、なんとなく人が集まり、お金も集まる。そして、実際に、その旗印に少しだけ近づいていく。バズワードは一過性で、しだいに忘れられていく。けれど、同じ方向のバズワードが新しく出てきて、また少しだけ進んでいく。

えーと、ハナシはそれてしまいました。

AIは旗印である。現状、その実体はML(Machine Learning/機械学習)である。さらに言えば、MLの中のひとつのアーキテクチャーである、ディープラーニングに驚くほどの精度がみられた。極端に言えば、現在のAIはディープラーニングを指していると、まぁ、この際、言ってしまおう。

AI関連の書籍は多く出版されている。個人的にも良く読んでいる。ただ本では、なかなか実感がわかない。なので「ゼロから作るDeepLearning」を見ながら、基礎的な事柄の実装を試みたこともある。結果は、半分くらいのところで挫折してしまったという。Amazonの本書のレビューには「分かりやすい」的な書き込みも見られる。分かりやすいのかなぁ…

書籍を読んでも実感がわかない。素人にとって、チュートリアルはむつかしい。

じゃ、AIにはどんなアプローチがあるんだろう。

「AI の壁」(養老孟司)を読んでいる。

本書は養老さんと、羽生善治、井上智洋、岡本裕一朗、新井紀子各氏との対談がまとめられている。

羽生さんとの章で、こういうことが書かれている。引用させていただこう。

羽生:
養老先生が対談の冒頭で、AIを「便利な道具」というように表現されましたけれど、将棋はまさにそういうものなんですよね。人間が持っている能力や才能を伸ばすためのツール。AIのそういう使い方を、先行して提示しているのが将棋界なのかもしれません。その利点を強化して、道具として使いこなしていく道はあるのかなと思っていますね。

例えば、将棋のソフトが世に出回って、AIの将棋に触れた後の方が、強くなる人は増えると思います。人間同士だけで戦ってきた場合に得られる自己ベストの棋力から、さらにレベルを上げていく人が続出するでしょう。

あまり良い言葉ではないかもしれないですが、将棋のような対戦ゲームやボードゲームなんかは、実社会や人の生き死にには直接的な影響を与えないので、実験やシミュレーションに向いています。「AIの良い使い道」を模索する指標になるのではと思います。

養老:
僕が羽生さんのAIにまつわる本を読んでいて感じたのは、AIの「ツールとしての使い道」を提示している部分が非常に健康的だなと。そういうふうに使うもんなんですよ。それが本来の、AIの仕事なんだから。

気づいたことを、お気軽に。
公開まで、やや時間がかかりまーす!