グーグル検索と雑誌の購読者数


検索エンジンの上に表示される対策を、CEOと言う。

そのアルゴリズムは公開されていない。

なので、

関連する書籍やウェッブサイトを書く人も、それに対応するソフトウェアを作成するグループも、グーグルの公開する情報や、検索結果から類推して対応していると、おもう。

WordPressのばあい、yoastCEOというプラグインの評判が良い。

じっさいに触ってみると、タイトルはこうの、要約文はこうせいの、とてもそんなことをやっていられない感があったりするけれど、

ま、それでも、このウェッブサイトにだって閲覧目標はある、いや、あったんだ。

なんの根拠もなく、純文学の月刊誌の発行部数くらいになればいいって、おもっていたわけ。

ちなみに、文芸誌のいちばんの発行部数は「オール讀賣」の39,433部。

一方、純文学系はというと「文學界」9,533部、「小説すばる」9,000部、「新潮」7,200部となっている。

//(社)日本雑誌協会 2018年7月〜9月

ずいぶん小さいマーケットだし、

それどころか、じっさいのお得意さんが全国の図書館であることを勘案すると、

ざっくり言って、1万(発行部数)− 3千(図書館数) = 7千

が、個人を対象としたマーケットでしょう。

//全国の自治体の図書館数は、3273件(日本図書館協会統計2017年)

月間純文学の販売実数 7千。

そして、当初の、このサイトの月間の閲覧目標が7千。

このふたつの数字をならべて、比較していたわけだけれど、

げんざいでは、これは妥当ではないとおもっている。

それは、

雑誌の読者のばあい、お金を払うなど主体性があるわけだし、

一方、検索のばあい、検索していて、たまたま、そのページを開いたなんていうことも、おおいにアリでしょう。

ま、どちらかというと、本屋さんやコンビニに行って、たまたま雑誌を開いたイメージに近かったりする。

要は、両者は「相」が違ってしまっているんだね。数字というのは、いっけん確かなようだけれど、慎重に検討しなくっちゃ、ね。

git fetch && git merge origin/master


ひさしぶりに、GitHubをつかう。

コミットまでは順調に行くけれど、
さいごのリモート(GitHub側のリポジトリ)へのプッシュができなかったりする。

で、ネットの情報をめぐり、
git fetch && git merge origin/master
というコマンドを試したら、結果的に、うまくいったんだ。

ところで、fetchって、なんなんだろう?

まずは一般的な意味。

fetch–
bring something(英英辞書「LONGMAN」)とある。

なにかを、持ってくることネ。

じゃ、このケースでは、なにを持ってくるのか。

ネットでしらべてみると、それは、最新の情報らしい。

git fetchのコマンでにより、
ローカル(パソコン側)のリポジトリが、リモート(GitHub側)の最新の情報を取ってくるらしいんだ。

すると必然的に、ローカルでは、従来の情報と、fetchによる新しい情報を含む情報が混乱を来たしてしまう。

そこで、git merge origin/masterにて、
masterと、origin masterをmerge(くっつける)必要が出てくるわけねぇ。

httpについて

ウェッブサイトのアドレスは、どういうふうになっているんだろう。

きほん的なことは、いがいとカンタンである。

たとえば、ブラウザーのアドレスバーに、なにげに

http://example.co.jpと打っているけれど、

このばあい、httpというプロトコルで「example.co.jpにアクセスせよ」という指示を出している。

アドレスは、ひとに分かりやすいように、便宜上example.co.jpとなっているが、

じっさいは(DNSという種類のサーバーにより)、

111.111.111.111のような、IPアドレス(世界にひとつしかない住所)となっている。

その住所の総数が、どのくらいになるか、興味のあるひとは、ネットで調べてちょうだい。

ちなみに、このウェッブサイトのIPアドレスは、

192.168.3.1

となっている。

要は「httpプロトコルで、たとえば192.168.3.1に接続するよ」というのがアドレスの正体といえる。

ついでながら、このウェッブサイトは、セキュアを強くするグーグルの旗印にあわせ、httpからhttpsへとプロトコルを変更している。

してはいたのだけれど、httpからリダイレクトする処理をしていなかったことに、いまさらながら気づいたりして。

でも、もうだいじょうぶ。httpからhttpsにリダイレクトされるようにしたからサ。

ブロックチェーンの位置づけ


アプリケーションについての定義は、むつかしい。というか、そもそも、それを説明する技術的な知識を、少しも持ち合わせていない。

なので、たとえ話をしようとおもう。

いぜんの六本木は、見上げると雑多な電線が目に余った。げんざいは、ちがう。いつの間にか、電線が整理されている、

という話をしたいわけではない。

その、電線である。

電線というのは、電気を送るための経路である。

発電所から高圧線をつたって変電所に(まだいくつも経路があるかもしれないけれど)電柱、そしてオフィスや家庭へと延びている。

屋内では天井や壁つたいに延びていて、わたしたちは、コンセントをつかって、オフィス機器や家電につないでいる。ここで初めてユーザーに、機器の選択がゆだねられるわけネ。

で、本題に入ります。

冷蔵庫のアプリケーションって、なんだろう?

切り口はいくつか考えられるけれど、たとえば、食品を長持ちさせることだったりする。

クーラーは、部屋を冷やすこと、

洗濯機は、衣類を自動で洗うこと、である。

そういった感じで俯瞰してみると「電気的」というのは、張り巡らされた電線の先に、いくつものアプリケーションが明滅しているイメージ、だとおもう。

インターネットは、TCP/IPという約束事で世界的につながっている経路である。

1969年に誕生したというのが定説なので、今年で50歳になる。

インターネットの人生の前半は、さびしかった。

それを利用していたのは、それを必要とした研究者か、あるいはマニアックな一部の人だったと言われる。

がしかし、25歳を超えたことから、ウェッブというアプリケーションが芽生え、ウェッブの上には、さらに「ネットで検索できる」とか「ネットで買物ができる」といったアプリケーションが花開き、げんざいに至っている。

これは、こちらの知識不足もあって、いまだに違和感があるのだけれど。

「ブロックチェーンは、インターネットの次のインフラになる」という言い方を目にすることがある。

でも、これは、どうなんだろう。

個人的には、すくなくとも、インターネットの上にウェッブがあり、そのうえにブロックチェーンが乗ってるというイメージなんだよなぁ。

そういう意味では、いっそ抽象的に、

従来のウェッブはweb1.0で、SNSといったコミュニケーションを巻き込んだものがweb2.0、

そしてブロックチェーンがweb3.0という言い方のほうが違和感がない、かな。

Stock Photo

むかしのことを話したがる年寄りを、いぶかっていた。

スマナカッた。

オレも年をとり、やはり、同じようになってきている。

ひとむかし前、インターネット以前、印刷しかなかったような時代のことである。

印刷物に写真を掲載するためには、まず第一にカメラマンに撮影してもらっていた。

で、予算がないばあい、グラフィック・デザイナーが「貸しポジ屋さん」へ実際に足を運んで、選んでいた。とうじ銀座や南青山には個人のデザイナーの事務所が多くあって。必然的に、当地には、人気のある「貸しポジ屋さん」が店を構えていた。

え、ポジを借りる料金?

うるおぼえだけれど、1枚3万円くらいしたんじゃないかなぁ。

ま、いいや。

あたらしいことに触れようとするたびに、イチイチ、むかしのストーリィを語るのも、年寄りの、よくやることである。いや、個人的なオレのクセのようなものかもしれない。

げんざい、「貸しポジ屋さん」は、ネット上で展開されている。

いちいち足を運ばなくても、ネット上で、ほしい写真をダウンロードして、クレジットで支払う。

個人的には、Adobeのfotoliaを利用してきた、

がしかし、同サービスは2019年11月5日を持って閉鎖されるというのである。

Stock Photoに統合されるらしい。

ま、そういう事情もあって、げんざい、必要な写真は Stock Photoで探している。

 fotolia利用のときは必要に応じて、写真をクレジットしていたけれど、

どうやらStock Photoは、月いくらで何枚までダウンロード可能な月契約、あるいは年契約という、いわゆるサブスクリプションになっている。

NetFlixといい、Spotifyといいい、サブスクリプションが、もう主流になってきているんだよなぁ。

 

インターネットへの不満

きのうの、つずきネ。

インターネットは、とても好きである。

ただし、既存のものに大きな影響を与えた。

そもそもコンピュータの大きな特徴は、デジタル化されたものは、簡単にコピーできる点にある。

それがインターネットにより、離れた人どうしでも、容易に流通されるようになった。

そのおかげで、紙や金属の中に情報がパッケージ化された書籍、新聞、CDの価値が、相対的下がった。

その結果どうなったのかというと、アマゾン、グーグル、ネットフリックス、アドビといったプラットフォーマーが、映像や音楽、それに(写真を購入する)ストックフォトの価値をつけ、価格を安定させている。特権になっている、といっても良さそうだ。

メルカリのばあい、ユーザーどうしで価値を判断されるので、事情がいささか違うけれど、中央にクラウドをデンと構えている点では同様である。

その分野を独占してしまうと、プラットフォーマーは、あるとき、値段を簡単に引き上げることが出来たりする。じっさい、数週間前のネットフリックスの発表を、見よ〜!

さらに、ユーザーの情報がどう扱われているのか、ブラックボックスのままである。

運営するクラウドがダウンしたら、サービスが、いっさい受けいられない。

そういうことを勘案すると、すべてとは言わないが、ブロックチェーンを実装したエコシステムを期待するわけネ。

そうだなぁ。一時期の使用権を独占していたWindowsと、オープンソースにLinuxのイメージ。じょじょにLinuxが評価され、Windowsに影響を与えていったみたいな。

 

メルカリ経済圏、かな

メルカリを、ためし、つかっている。

現時点で、書籍を8冊出品して、7冊売れた。

出品に対する販売できた冊数だけみれば、「おっ」って思うけれど、販売総額は、さほどではない。

メルカリには、発売したての書籍が通常とあまり変わらない値段で出品され、そして売れている。

「だったら、アマゾンや書籍で買えよ」と、ひとり、メリカリのアプリをみながらツッコんでいた、

がしかし、「ちがうんだなぁ」と、いまでは、おもっている。

たぶんだけれど、

その多くは、出品して得たお金で、新刊を購入しているんだね。

メルカリで販売して、その代金で、メルカリで購入しているという。

じっさいやってみないと実感できないっぽいけれど、これって、じっさいに、お金が動いているというわけでは、ないんだわ。

一方、メルカリの方は、ひとつの販売について、販売価格の1割を得ている。

ということは、ユーザーが販売した価格で、ちがう商品を購入すれば、メルカリは、それぞれの取引について、1割ずつ利益を得ていることになる。

アマゾンも、ネットフリックスも、アドビも同様に、けっきょく、アプリが上手に作れて、クラウド(サーバー群)が順調に管理できれば、そこに、利益が積もっていくことになる。

でもね、メルカリのような、価値の交換について、はたして、このサーバー・クライアント方式は親和性が高いのか、というハナシは、また明日しよう。たぶん、ね。

 

 

floatとtext alignのちがい

floatとtext alignについて、まとめてみた。

1)なにもしないばあい。イラストの下に文字のブロックがレイアウトされる。
<p><img src=”Ohuro.png” /></p>
<p>わーい。ぽかぽかだお。きょうはね、かけっこしたんだよ。それから、ジャングルジムでも、あそんだよ。せんせいは、ごきげんだったよ。きょうのおかず、なにかなぁ。ハンバーグだと、いいなぁ。</p>



2)floatをつかったばあい。プロパティ値はrightとしている。文字ブロックの右側にフローしているかんじ。
<p style=”float: right”><imgsrc=”Ohuro.png”/></p>
<p>わーい。ぽかぽかだお。きょうはね、かけっこしたんだよ。それから、ジャングルジムでも、あそんだよ。せんせいは、ごきげんだったよ。きょうのおかず、なにかなぁ。ハンバーグだと、いいなぁ。</p>





3)text-alignをつかったばあい。プロバティ値は、おなじくrightに。イラストは右側に移動する。ただし、文字ブロックは下側にレイアウトされている。
<p style=”text-align: right”><imgsrc=”Ohuro.png”/></p><p>わーい。ぽかぽかだお。きょうはね、かけっこしたんだよ。それから、ジャングルジムでも、あそんだよ。せんせいは、ごきげんだったよ。きょうのおかず、なにかなぁ。ハンバーグだと、いいなぁ。</p>



参考サイト:「画像をfloatさせたい場合、pタグとimgタグでどちらを指定するのか」

好きということ

「好き」について。備忘録として。

「人が人を好きになるというのは、他人には説明できない部分がたくさんあると思うのです。貯金がたくさんあるということだとか、美人であるということだとか。だけど、そんなふうに説明できるものというのはもうみんなあきているわけで、そうじゃない部分で好きになっている。」(「権力の垢をソギ落とすのが感性だ。」(糸井重里/広告批評18号 1980年 10月号)

「百科辞典にはあらゆることが書いてある。けれど、その百科辞典と自分の関係というのは、それぞれの人がそれぞれに作っていくものでしょう。だから、百科辞典のどの項目でその人が何を感じるか、というのは、百科辞典の側からはもう言えないはずだと思う。」(「百科店から百科事店へ」(同氏/広告批評25号 1981年5月号 25号)

「村上 でも柴田さんが僕に向かって直接、柴田元幸とは何か、いかなる人間存在か、というような説明をはじめると、逆に柴田元幸を理解することは難しくなるかもしれない。むしろコロッケについて語ってくれた方が、僕としてはうまく柴田元幸を理解できるかもしれない。それが僕の言う物語の有効性なんですよね。そこに、僕とコロッケと柴田さんっていう三者関係ができるわけですよ。僕と柴田さんは、もちろんうまくいけばということだけれど、コロッケをあいだに引き込むことによって、ひとつの立体的な風景を共有することになる。言葉だけでなく、風景を共有することが一番大事なんです。簡単にはっしょって言ってしまえば、コロッケは柴田さんのオルターエゴであり、同時に僕のオルターエゴでもある、ということです。_(村上春樹に会いに行く/ 柴田元幸と9人の作家たち /アルク)

コンセプト作り

いままでのコンピューティング環境をみなおしている。

ウェッブサイトのリニューアルも、そのひとつだ。

デザインを一新するだけでなく、内容も変えようとしている。

内容については、げんざい、コンセプトを練っている。

外仕事(受注するしごと)は、じつは、コンセプトをつくる時間さえ、なかったりするけれど、

自前のものなら、できるまで、時間がとれるという。

ある意味、ぜいたくだと、おもったりしている。

「好き」というのは、どういうことか、それがキーワード。