ながくやっているけれど、なぜコピーライターという名まえがあるのか、わからない。

Copywriterだから、英語圏、とくにアメリカあたりからきた呼び方だとおもっているけれど、どうだろう?

たぶん、そのまえは、文案家といわれていたんだよね。こちらのほうが、案を文にするニュアンスがあって分かりやすい。

では、そのまえはなんだろう、というと、とくに呼び名はないとおもう。ということは、それで、なにわいを立てることができなかったのだろう。

そのむかしあった「広告批評」の影響で、「平賀源内や山京東伝は江戸時代のコピーライターである」的なことがいわれているけれど、

たとえば山京東伝は、たしか、げんざいの銀座で、たばこ入れやキセルの販売をなにわいにし、ついでに文案を書いていたくらいだったとおもう。ところでだ、

コピーライターの大先輩の著作で、「広告の90パーセントはむだだよネ」という発言を読んで、「おー、だいたんだなぁ」とおもったことがある。

じつは、ぼくも、そうおもっていたりする。

で、さいきん、にわかに脚光をあびているディープラーニングが、そのムダな90%の広告の文章を自動で書くことになるとさえおもっている。

つまり、のこる10%の広告が、ひとの手でつくられるイメージかな。

もうひとつ、かんがえがある。商品をじぶんで売って、そのさいの広告をじぶんでつくるようになるのではないかということ。江戸時代の山京東伝に帰るといったかんじだろうか。ま、そこまで時代をさかのばらなくとも、「通販生活」や「ほぼ日」をイメージしてみればいいかねぇ。