そうだなぁ。たとえばジブリ作品を例にとってみようか。言うまでもなく、スタジオ・ジブリは「となりのトトロ」や「もののけ姫」などヒット作品を多く持つコンテンツ・ホルダーである。しかし、数々の作品はDVDでは観れるけれど、NetflixやAmazonでは観ることはできない。

ジブリ作品がAmazonで観れるようになることは、どういうことだろう。

プラットフォームであるAmazonが、コンテンツフォルダーであるジブリ作品を配信できるようになる、ということは、ジブリファン、とりわけジブリに忠誠心を持っている人たちにとって、
Amazonの会員になっても、それぞれの作品を観たいと思うでしょう。ということは彼ら・彼女らはAmazonに余分なコストを支払っている。逆にAmazonは、そのコスト分、とくになっている。

では、いまいち知られていないようなコンテンツがAmazon上にあるということは、どういうことだろう。こちらはAmazonというプラットフォーム上にあるコンテンツ・ホルダーがとくをすることになる。単独でやっているより、Amazonというプラットフォームにのっていた方が、目に触れる蓋然(がいぜん)性が高まるからだ。AmazonがAmazonビデオの広告を打てば、おのずと、そのコンテンツの広告にもなってゆく。