「羊をめぐる冒険」と「地獄の黙示録」には、共通している点がある。

まずは、ぼくの好きな作品である。

そして、りょうほうとも、主人公と、主要な登場人物は、作者の中の同一の心象風景である。

「羊」では、僕と鼠。

「黙示録」では、ウィラードとカーツ大佐。

前者はタイトルどおり、羊(つまり鼠)を探しに、主人公は冒険に出かける。

後者はカーツ大佐に遭うために、ベトナム(撮影地はフィリピン)の川を上ぼっていく。

いってみれば、両方とも、もうひとりの自分をたしかめるまでのストーリィが、つづられているわけである。

じつは、この文を書くにあたって、もうひとつ「グレイト・ギャツビー」も入れてみようとおもっていた。

こちらも、ぼくの大好きな作品だし、キャラウェイはもうひとりの自分、ギャッビーを冷徹にみている。さらに言えば、「羊」や「黙示録」と同様、ふたりの登場人物は、作者のフィッツジェラルド本人だ。

ただネ、

「ギャツビー」は、「羊」や「黙示録」のように、じっさいに自分探しの旅に出るような、図式的な分かりやすい説明ができないんだわ。