アメリカの小説やノンフィクションを読んでいて、日本にありそうで、じつはナイものがある。

たとえば、イノセンスは日本にはないだろう。権限というコトバは、いっけん日本生まれのような感じだけれど、意外に明治初期に伝わってきた欧米のコンセプトに、漢文や仏教語が当てられていたりする。じっさいに、

お役所は、そのポジションの権限が決められているはずだよネ。会社にだって、あるとおもうけれど。なにか問い合わせて「それは、わたしの権限ではありません」というコトバを聞いたことがない。なぜか、いっしょうけんめい、じぶんで応えようする。聞く方も、権限をかんがえずに、問いただしたりする。

これは、いまわだいに「カケ、モリ」問題の感想だ。

加計学園問題では、そもそも、どこに権限があるのか、いまだもって、さっぱし分からない。もし文科省に権限がないのなら、「それは、わたしたちの権限ではありません」ということを鮮明にしてくれれば、良いのではないか。そうすれば、権限は内閣府か官邸にあるのだろう。応える義務は後者にある。

野党やマスコミも権限をクリアにしないまま聞くので、やたらめっぽうに、攻め立てている印象がある。だから、忖度(そんたく)という、確認のしようのないコトバが幅をきかせいるわけネ。ガバナンスというコトバもよく聞くけれど、権限がクリアじゃないのに、ムリでしょ。