いまでも、なにかのきっけけで漱石を読むことがある。直近では「草枕」を読んだ。村上春樹が自身の最新作である「騎士団殺し」が「草枕」に触発されている記事を読んだからだ。残念ながら後者を読んでいないので、その意図さえ知ることができない。

漱石を集中して読んでいた時期がある。その当時、団子坂下(文京区千駄木)で仕事をしていた。鴎外邸(旧鴎外図書館)の近くなのに鴎外ではなく、漱石を読み続けた。いずれにせよ、漱石の小説には、現在の文京区の場面が目につく。三四郎が美禰子(みね子)と散歩するのは団子坂である。団子坂を降り、不忍通りを谷中側にひとつ入った小路、通称へび道で、ふたりは迷子になる。有名なストレイ・シープ(迷える子羊)は、そのとき美禰子がつぶやいたフレーズだ。

漱石はエゴを描いた作家だと言われる。そう言われれば、そうなのであって。じっさいは言われなければ気づかない。そもそも、エゴの定義をじぶんで、つかめていないからだ。

おかしいのは、漱石を読み続けていたころは、分かったと思い込んでいて、

「たしかにエゴが描かれている。でもさ、エゴに対するアプローチが書いていないじゃないの」などと思っていた。

で、あるとき、地下鉄で、向かい側の席に座っていた女の子の「The Art of Happiness」という本のタイトルが目を引いたわけ。なんの本だろう?

いまでは本書は、ぼくにとっても大切な本になっている。折りをみて繰り返し読んでいる。