コロナについて

外に出ると、みんなマスクをしているんだよねぇ。

けれど、海外では、どうも、ちがうらしい。

ネット上のニュースをチラチラみていると、アメリカやフランスでは、マスクをつけるにせよ、つけないにせよ、「それ、個人の自由だろ」という人が、少なくないらしい。

「なぜ日本人は、みんなマスクをしているんだろう」について追求すると、キリがなさそうなので、ここで深くかんがえるのは、よそう。

言いたいことは、日本では外ではマスクをすること、(そしてマスクを外す機会となる)外食を、感染者の数に応じて柔軟に制限することで、感染を防いでいるような気がしている。

要は飛沫を防ぎ、感染防止としているみたいな。

疫学に詳しくない僕でさえ、3月末のタイミングで非常事態を解除すれば、感染は再拡大するとは、おもっていた。

変異したコロナは、感染力が通常の1.4倍であるというニュースに接している。

僕を含めて、人は直線を直観しやすいけれど、指数はイメージしにくいんだよねぇ。

コロナの感染者は指数的で、たとえば変異株の感染力が通常の1.4倍だとすると、1人めの感染は1.4に、2人めは1.96、3人めは2.76…となっていく。

それと、3月末から4月末は組織変えにより人が移動する。その際には、歓送迎会が行なわれる。また花見のシーズンでもある。食事をする機会は1年で一番多いんじゃないかしらん。

食事をする時は、言うまでもなくマスクを外さなければならない。調子に乗って酒でも飲めば、ボルテージが上がって飛沫は飛びまくる。

ワクチンの手当は、遅れている。

というのは、たしか菅総理は1月の所信声明の中で、2月からワクチンの接種が始まると言っていたとおもう。

いま、ようやく始まり出していて、少なくとも、2カ月は遅れているのではないか。

これは、想像だけれど政府は、以下のようなスケジュール感を持っていたのではないか。

2月からワクチン接種を始める。

3月末、高齢者の多くが接種を終えたころ、非常事態宣言を解除し、また同時にオリンピックの聖火ランナーが全国を走り出す。ま、こんなかんじ。

もしそうだとすると、このシナリオは崩れている。

聖火ランナーが走り始めている現在、コロナ感染は再拡大の兆しをみせている。ワクチン接種は、まだ一部にとどまっている。

ワクチン接種には、政府と地方行政スムースなやり取りは必須だ。政府の保健所とのやり取りや、給付金のときの手際から察すると、なんとなく、これも、あやしい気がしている。

マイナンバーカード、まだ有用じゃないんだよねぇ。

コロリ

江戸時代後期、江戸をはじめ全国で疫病が流行った。

コロナでなく、コレラである。

とうじ日本では、いろいろな呼び方があったようだけれど、コロリなら耳にしたこともあるのではないか。

ちなみに、コロリ禍のなか、勝海舟や福沢諭吉らは咸臨丸で渡米した。船中の劣悪な環境を思うと、蛮勇とも言える行動だ。

江戸より先、コレラはロンドンで流行した。

その際、医師であったジョン・スノウは、コロナに罹患した家庭を一軒一軒調査し、原因は当時のロンドンの水系にあり、ポンプの使用の禁止を訴えた。

スノウは現在「疫学の父」と尊称されている。

一方、疫学、つまり統計を取り、そこから判断する方法は、残念ながら、当時の日本人からは出ていない。

明治に入り、日本で再びコロリが流行ったとき、「井戸の水は飲まないこと」が推奨されているが、独自に統計を取り発想したのではなく、おそらくこれは、洋書の翻訳からの受け売りだと思う。

現在、データサイエンスが人気でしょう。でも、日本人ってデータの扱いに馴染めない気が、しなくもないんだよねぇ。

大転換のきっかけになれば良いなぁ

いちじき、城山三郎を好んで読んだ。「男子の本懐」も読んだ。とうじの蔵相・井上準之助のその名は、おぼえている。本タイトルと相まって、良い印象だけ残っている。

せんじつ、日銀より現状の経済状況の発表があった。コロナ渦にあって「深刻な状況」だという。つうじょう抑制した表現になる日銀が「深刻」という以上、そうとう深刻なんだとおもう。

「男子の本懐」の時期、日本は深刻なデフレ下にあった。

「昭和恐慌」を定量的に示した書籍のページをめくってみた。専門書なので、難しくて読めなかった。

けれど、表とその周辺の気になるところ(3〜4ページくらいだけれど)は繰り返し読んだりした。

井上の蔵相時代、たしかに物価は低下していて、それに対し、同氏は国債の増発は行わず、物価、株価、土地の価格は下落している。

それが反転したのは、次の蔵相・高橋是清の大胆な施策による。

いわゆる、アベノミクスの「第一の矢」、日銀の異次元の金融緩和は効果があったとおもっている。

需要が低迷しているあいだ、数十兆単位のマネーが供給されても、インフレは起きていないし、なにより失業率は下がっている。

同様に、コロナ禍の中にあって、政府・日銀がもし大規模な経済・金融制作を行っていなかったら、げんざいは、ほんとうに深刻な状態になっていたとおもう。

個人的に、不要なしごとは、現状にあったもの、先どりしたものに変わっていかなければならないと、おもっている。その点、アベノミクスの「第3の矢」の効果には失望している。

新型コロナウィルスが「禍い転じて福となす」になってくれれば良いのだけれど…