底辺ユーチューバー

自称「底辺ユーチューバー」である汗。思い出したように、YouTubeに動画をアップしている。再生回数は数十というレベルだ。せめて百回以上、再生されるようガンバってみよう。

自分のYouTubeを見直してみると、言葉がスムーズではない。発話のはじめに、「んー」とか「えー」とか言ってしまっている。

(冗談ぽく、まれに書くこともあるけれど)文章には、「えーと」とかは書かない。

「オレ、文書の間合いの方が合ってるわ」と思う一方、

ほかのユーチューバーが、よどみなく10分間しゃっべている、その姿は、僕にとっては際立っている。

練習しなくっちゃ、ね〜

ホリエモン

ホリエモンは良書が多い。YouTubeでも多くの情報を発信しているが、個人的には、書籍がいちばん味わい深い。

書籍はほとんど読んでいる、とおもう。近年はとくに充実している。ひとつには、取材・執筆をしているライターが優秀になってきているから。

そして、もうひとつは(やや、おおげさだけれど)ホリエモン自身、思想的であり文学的だからだと、おもう。

ためしに、気にいったフレーズをノートしてみると、読んだほどには感銘を受けない。文脈の中での良さが削ぎ取られているからだ。

いや、これについては、ぼくの文章の読み込みが、年々深くなっているからかもしれない。自慢ではない。じっさいに、そうなんだ。

「情報だけを武器にしろ。」を読んだ。いろいろな発見があった。

コピーライターのアウトプットは、コピーライティングなわけ。一般的にも「インプットだけでなく、アウトプットが大切」と言われる。そのさいのアウトプットとは文章を指しているでしょう。

ホリエモンの斬新さは「アウトプットは行動なんだ」という点にある。 いっけん、なにげない。がしかし、このことは、とても深い。現在性を持っていると言ってもよい。

情報化社会(情報がとても多くなってしまった社会)では、ことばは有用性を失っている。その文脈での「アウトプットは行動だ」なのである。そして、行動はSNSやYouTubeとは、とても親和性が高い。

もうひとつ、本書での発見があった。

ぼくたち以上の世代は、なにかこう上下のようなもにがあり、上のポジションの人はエラいとおもったりしている。

それに対して、ホリエモンは分けへだてがない。好き嫌いがとても、ハッキリしているけれど、その反面、まぁ、だれとでも会っている。その疑問が、本書により晴れた。

本書の中の「ぼくは、ひとに会うのではなく、情報に会っているんだ」という部分。これ、これ。これですねぇ。

翻訳者の柴田さんは村上春樹にインタビューしている。こちらの、とても興味ふかい。その中で、村上春樹もまた、中間の他者との共通の興味の大切さを述べている。

ま、とにかく、他者と直接は向き合わない。これですねぇ。そうしないと、いまはやりの言葉でいえば、エモくなってしまうわけよ。

ナイアガラ

大瀧詠一がハッピーエンドのメンバーだったことくらいは知っていた。

YouTubeのおかげで大瀧詠一のその良さを知った。

ぼくらの世代、音楽といえば、言うまでもなくアメリカだった。

ハッピーエンドの世代は、ぼくらより、ひとまわり上の世代で、アメリカの音楽に対して、またひと味ちがう、あたたかみのある親近感を感じていたのではないだろうか。

なにかで、ハッピーエンド当時の細野晴臣は、アメリカ音楽に対抗しうる日本音楽を目指していた話を、読んだことがある。

けれど、YoutubeやSpotifyのおかげで、世界中の音楽は相対化され、じつはハッピーエンドは、十分に世界レベルであった。そんな感想を持っている。じっさい、ハッピーエンドは世界中でも評価が高いもんね。

以下のYouTubeは、大滝詠一のナイアガラに関する対談。お相手は、なんと渋谷陽一〜。