グーグルは、ものごとを機械やアルゴリズムで解決しようとしている。アマゾンもそうだろう。自動化はすすむ。

けっきょく、しごとはアプリケーションでしょう。たとえば運転は、運転というアプリケーションだ。ひとがやっても、プログラムがやっても良い。

そうかんがえてみると、人間性というか、ひとならでは、というのは、ただの思いこみかも知れない。

さいきん人気の落合陽一によると、18世紀、機械化がすすむヨーロッパで、人間性というキーワードが着目されはじめたという。とうじは動力の機械化でしょう。これからはじまるのは知能の外部化だろう。

はなしは変わる。YMOについてである。え、なに、それって?  YMOだよ、きみ。

YouTubeでYMOのライブをみてみよう。

まんなかに演奏もせず、なにやら機械を操作しているひとに気づくとおもう。機械はコンピュータで、ひとはプログラマーだ。

こちらは指摘されてはじめて気づくとおもうけれど、演奏しているひとたちは、みんなヘッドホーンをしている。

じつは、これ、コンピュータによる打ち込み音にあわせて、演奏者が演奏しているらしんだなぁ。たとえば、こんなかんじ。

ター、ター、ター、タッータッタッタッタッタッタッタッタッター。

そう、そう。コンピュータに、ひとがあわせるという。オレなんか、これ、人間性のパロディにみえてしまうけれど、ま、いずれにせよ、現在でもあたらしいし、未来のイメージが十分に喚起されるんだなぁ。