「コピーライターって、だれだとおもう?」
広告系以外の知人たちに、さりげなく、きいてみたことがある。
答え。
「糸井重里だろ。」
そう、(ご本人は気にさわるかもしれないけれど)糸井重里はコピーライターの代名詞なのである。
一方、コピーライターをやってきた人からすると、糸井さんはコピーライターらしくないコピーライターである。すくなくとも、ぼくは、そうおもっている。
オッケー、外形的にみてみよう。
糸井さんは、作詞もやっているし、ゲームもつくっている。司会だって、つとめたこともある。
それに対し、ふつうのコピーライターは広告の文章を書いてばかりいる。
そして、ふつうのコピーライターは、旧来の土俵の上で仕事をしている。
ここでいう土俵とは、新聞や雑誌、パンフレットを指している。
この土俵は、SNS、そのほかのネット系のプラットフォームの勢いに押され、どんどん、せまくなってきている。
コピーライターの多くは、せばまる土俵のなかで、せめぎあっている。土俵のそとに出てしまったひともいる。
しかし、そういう時勢のなかでも、糸井重里は糸井重里である。
それは、そもそも糸井さんは、その土俵にデンと居座っていた人ではないからだ。
ときどき土俵に来ては、あざやかに勝って行くという、まぁ、そんなイメージだった。
しかし、糸井さん自身の著作や、インタビューをまとめた著作を読んでみると、そうではなく(90年代かな?)その土俵で、まったく勝てない状況になっていったようだ。クリエイティブではなく、価格競争や、人気のタレントの採用で仕事が決まるようになってきたんだね。
そういう状況のなか、糸井さんは、コピーライターをやめ、釣りをやっていたらしい。
で、そののちインターネットに出会い、「ほぼ日」主宰となっていく。
きのう「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」を読んだ。(たぶん)再読だとおもう。
で、はっと、おもったわけ。
糸井さんは、コピーライターとして仕事をお願いされることから、「ほぼ日」にて、仕事をお願いすることに180度、位相を逆転させたんだ。なるほど〜
余談になるけれど(こちらは糸井さんの自著で書かれていたとおもうけれど)当初の「ほぼ日」に載せる情報についてはタダで依頼していた。それでも家賃やスタッフへの支払いは、かかる。糸井さんはコピーライティングの仕事をあえて「外仕事」と称し、そのギャラを支払いに当てていたとおもう。まかなえるだけの収入があったこと、ひとつとっても、ふつうのコピーライターとは異次元だけれど…