1回かぎりの小説と、
何度も読むそれとの違いはなんだろう。
後者は「示唆に富んでいる」。
違う。
後者は、「僕の合わせ鏡のようである」。
「示唆に富んでいる」より近いが、やはり違う。
ちなみに合わせ鏡とは、鏡を2枚用意し、1枚では見えない所を見る鏡である。
たとえば床屋で、紙を切ったあと、後ろ側の切り具合を確認してもらうために、後ろに持ってくる鏡である。
自分にとっての良い小説を、自分の見えなかった所を見るという、比喩としての合わせ鏡は、やはり違うわけ。
小説と僕の間に大切な何かが存在していて、それを確かめようとしている。これが、近いかな。