漱石は小説で個人について描いた。ずいぶん、おおざっぱな言い方になってしまった。そう言われても、わからないでしょう。たしかめたいなら小説を読むべし、なのだが、あらためて読む時間はない。そういう方は、ぜひ、学習院での講演録「私の個人主義」を読んでちょうだい。1時間あれば、漱石のいうところの個人が明示されているから。
ちなみに、当講演は大正3年の秋に行われた。「こころ」が朝日新聞に連載されていたのは、同年の春から夏にかけてである。「こころ」の連載を終えたあとの講演ということになる。
「こころ」を知るうえで、参考になる発言がある。参考までに引用しておこう。
在来の古い道を進んで行く人も悪いとは決して申しませんが、(自己に安心と自信がしっかり付随しているならば、)しかももしそうでないとしたならば、どうしても自分の鶴嘴(つるはし)で掘り当てる所まで進んで行かなくては行けないでしょう。
前者はKを、後者は先生を暗示しているとおもう。