漱石と親鸞

これは仮説だ。

いつの時代にもエリートは存在した。

ここでいうエリートとは、当時の最高学府で学んだという定義である。

今日は、エリートを主旨とした内容を書くわけではない。

まず漱石について触れたい。

漱石は帝国大学で学び、イギリスに留学もした。明治時代、国費での留学は文字通り選ばれた秀才だった。

当時、日本は世界に知られず、貨幣価値は低かった。なので、国にとって、留学費はけっこうの負担だったろう。

一方、漱石は国から博士号授与の申し出があった。がしかし、漱石は、それを断っている。

そればかりか、帝国大学の教授を辞し、当時ベンチャー企業だった朝日新聞で小説を連載している。

これが注目点の、ひとつめ。

もう一点は、漱石の講演集からの感想である。

漱石は、講演の訴求対象に合わせ、内容を吟味している。
たとえば現在の東京芸大の講演は哲学を交えた抽象的内容だし、学習院では(恵まれた生い立ちの学生たちに、社会的立場ではなく)納得する内面の大切さを語っている。朝日新聞主催の講演では一般的な内容を語っている。

そのことから察して、漱石は自分の考えを広めるために、あえて小説を大衆が読む朝日新聞に掲載させたのではないだろうか、と思っている。哲学的なことも、ストーリィなら誰もが読みやすいから。

以下、まとめてみると、漱石は
1)エリートであり続ける立場でありながら、そのポジションを捨てている
2)広く、自分の考えを伝えたかった
となる。

親鸞は、漱石よりずっと前の、鎌倉時代の人だが、やはり上記の1)と2)に該当していると思うんだわ。もっと漱石に比べ、親鸞関係の書籍はほとんど読んでいないけれど。

気づいたことを、お気軽に。
公開まで、やや時間がかかりまーす!